山手線は昼日中ということもあり、大した混んではいなかった。しかしながら母からすると、結構混んでいるという印象だったようだ。それでも、どうにか母は座れ、僕は入り口付近で立っていた。
少しばかりの時間が経った頃、母が席にいないのである。「あれっ」と思ってみると、立ち上がって乳母車で赤ちゃん連れのお母さんの横に立っていた。そして、モノレールの時同様、話しかけていたのである。
「マジかっ」と思って、またその若いお母さんに嫌な思いをさせているのではないかと思い、「止めよう」と反応した。ところがだ。二人で談笑しているではないか。電車内で結構二人の笑い声が響いていたぐらいだ。
おそるおそる近づいて、二人の会話を聞いて見たのだが、本当に普通の世間話をしたり、赤ん坊の話をして、盛り上がっているのである。その若いお母さんの方から、母に子育ての質問をしたりして、母がアドバイスまで送っているのである。
この女性の印象はモノレールの女性とは違った。なかなかかわいいい方ではあったが、少し朴訥とした感じがあって、人なつこいという印象であった。モノレールの女性が綺麗という感じであるとすれば、彼女はかわいいという感じだろうか。
そば耳を立てて話を聞いてみると、彼女は沖縄出身で、東京に住むようになって数年とのことであった。僕は二人の反応を比べつつ、「なるほどなあ」と一人で理解した気になった。
沖縄の人たちの共同性からすれば、僕の母親もまた「おばあ」のような地元沖縄の近所のおばあちゃんのような感覚を抱いたのであろう。モノレールの女性からすれば、僕の母親は単なる他人にすぎず、その他人が話しかけてくること自体がおかしなことである。
しかし、彼女はそのような他人との感覚をそれほど有していなくて、地元沖縄で培った人との感覚をそのまま適応していたのであろう。それゆえ、知らない人という意識は立ち上がらず、近所の「おばあ」のような、身近さの感覚の中で僕の母を受容していたのであろう。
と同時に、僕の母親もまた、彼女と似たような身近さの感覚の中で人と接するのを自然な態度としていたので、共振したのではないだろうか。そんな風に考えて見た。
この二つの事例を比較して考えて見たいのは、共同性とはなんであろうかということである。
あとで母と話をしたのだが、最初の失敗があったとはいえ、山手線の彼女とは話ができることはすぐにわかったと言っていた。なんだかすごい能力だ(笑)
(つづく)