新聞奨学生は大抵高校出たてであるから、世間知らずというか、まあ若いのである。普通の若者でしかないのだが、少しばかり真面目すぎるとも感じていた。
僕自身はちょっと事情が違って、少し年上ではあった。そのため、少しお兄さん扱いだったと思う。
若い者が寮の中で一緒に住んでいるから、多少色恋沙汰もある。異性に対する意識を抱えていると感じていた。男女で住む階を変えてはいたが、特殊な環境であった。ただ住めば都というか、慣れてしまうし、自分の部屋にいれば、一緒の寮生活も気にはならないものである。
ある日の深夜、まだ新聞配達前、そうすると午前2時ぐらいだろうか、僕の部屋をノックする者がいた。随分慌てている様子である。困ったことが起きたので、年上の僕に声をかけてきたということである。
なんと手首を切って自殺を図った者が出たのである。最初なんのことかと思ったが、その部屋に行くと、血が流れ、手首を抑えている。声をかけても、反応しない。意識はあるのだが、目は虚ろである。
僕を呼びにきた者など、同じ階の人間数人が集まってきた。僕は出血状態をみて、タオルで簡単な止血をして、下の階の部屋にいる専業を呼んでくるように指示した。その間に病院に行かなければならないと思い、彼を抱えて1Fの事務所に向かった。もちろん手助けしてもらって。ちなみに場所は4Fだったと記憶している。特殊な作りでもあった。
この新聞の専売所の向かいに病院があり、夜間救急もやっていたので、すぐ走り、インターフォン越しに、事情を簡単に話して「診てほしい」旨を話したが、担当が違うということで、断られてしまった。心の中で「日本の病院なんか、こんなものだ」とすぐ諦めると、専業もやってきたので、次の手立てを考えた。簡単だ。救急車を呼ぶことにした。
救急車はすぐやってきた。僕と専業が同乗することになった。確か女子医大に運ばれたと記憶している。治療を受けている間、専業さんが各所に連絡し、対応してくれた。結果的に僕はその日配達できなくなったので、その対応をしてくれた。
この時点で、僕は自殺の傷が問題というより、心の傷の方が問題だと感じていた。手首を切った原因は、女の子にフラれたからである。彼は内向的で、女性にモテた試しがないというか、女性への免疫がなかった。それなのに、急にこの寮の中で女性の注目の的になって、モテているかのようだった。彼は有頂天であった。本当のところは、からかい半分だったのだろう。そこで勘違いしてしまい、一世一代の告白をしたのだが、あっけなくフラれた。手首を切って、部屋の中で目が虚ろな状態は、そういうところからの帰結かとすぐ思ったものだ。
僕のような男からしたら、「その程度のことで」なのだが、彼にとってはそうはならない。そして、自分を中心として理解するから、他者の理解をできなくなってしまうものだ。さて手首を切った理由は想像でしかなくなるのだが、自殺であるというよりは、フラれたことで生じた苦しみからの逃避ではないかと思う。
病院の待合室にいると、彼の両親が慌ててやってきた。埼玉在中だったと記憶している。専業さんが主に対応していたのだが、助けたのが僕だということで、しきりに頭を下げてきた。そんなこんなで寮に帰ると朝8時であった。
手首を切った彼はそのまま辞めていった。フった女の子はあまり気にしている様子はなかった。囃し立ててた女の子も同じようなものだったと記憶している。
虚ろな目をした彼が忘れられない。