もう時間が経ってしまったけれど、お笑い芸人の山里亮太さんと女優の蒼井優さんの結婚に際して、テレビで女性の医者がいらぬことを発言したことについて、手短に話してみたい。
このお医者さんは宋美玄さんという産婦人科医らしいが、「子どもの顔が心配」と発言し炎上した。その後、山里さんが「僕のせいですいません」と受け止め昇華してしまったところは、お笑い芸人として「さすが!」という感じであった。
ところで、この医者は産婦人科医なのだろうから、子どもの誕生の場面にいつも立ち会っているどころか、医者としてお産のお手伝いをしているのだろう。そういう生命誕生にいつも立合う人間がどうして子どもの容姿をネタとしてしまうのか、よくわからない。命について、何かを感じる場所で働き、生きている人物であれば、命についてなにがしか感じるものはないのだろうか。
ネットでは「ちやほやされた女性の医者が、上から目線」などと非難されているのだが、ルーティーンワークとしてお産を扱うだけなので、産婦人科医としてもつであろう倫理観よりも、優劣、上下、美醜などといった世間的な基準が優先されてしまうのだろうか。
そもそも結婚は祝われるものである。それは社会的な約束事である。この約束事は僕たちの常識であり、この常識を犯すならば、反社会的か非社会的な行為になってしまう。
確かに内輪で多少の噂話や悪口を言うことはある。しかし、当人の前で行われることは禁止事項であるし、公的な発言としてはならないものである。だから、彼女はもちろん非常識なのであるが、翻って、非社会的な意識を持っているということもある。おそらくはそれほどの強度を持たないにしても。
山里さんが吉本ブサイクランキングの殿堂入りということもあり、彼女はそこに反応して、彼女の本音として述べたに違いない。このような本音こそが正しいという短絡があるのだろう。
考えてみれば、芸能人は結婚するときに必ずしも祝われるというわけではないことがある。少なくとも、結婚は優先されるべき価値を持っていたからこそ、祝われた。しかしながら現在はCMの都合や、商品イメージ、契約上の問題から結婚は後回しにさえなってしまう。つまり結婚はこのような資本主義的な都合を前に後回しされる程度の価値になってしまった。
そして、僕たちはこのような都合を自明のものとさえしている。結婚率の下落もあるが、このような理屈を見てみると、結婚自体の価値は下がっている、そんなことも考えさせられ現象だったのかも知れない。
とはいえ、そんなことより、お二人の結婚に幸あれ!