千葉知事選に立花孝志が立候補している。にもかかわらず、兵庫県で選挙活動している。
バカ負けしますね。
公職選挙法では、立候補している土地以外で選挙活動しても、特に問題がないということらしい。そういう主張である。
法律に触れなければ、問題ないという思想っていうか考えらしい。
法律が想定していない事態だから、法改正。そんな話も出ている。
そうじゃない。いちいち法律に書かなくても、当然の常識として共有されていることだから、いちいち法律に書かないだけでしょう。常識、コモンセンスの話である。
それだけのことなのに、立花支持というか信者がいるらしい。結局社会の常識を知らないで生きているだけである。実は教養とはコモンセンスである。ちなみにコモンセンスを身につけていないのに、社会の大きな勢力を持つものたちをオルテガは侮蔑して、大衆とよんだ。
コモンセンス、違う言葉で言えば、自明性。精神分析では自明性が喪失している状態を精神疾患という。日本だと木村敏が詳しい。精神疾患であれば、自明性が喪失しているのは、個人のレベルでの問題であろう。
精神分析を社会に適応して、社会分析をするのはよくある手だ。とすると、社会から社会が共有する自明性、コモンセンス(普通常識)が喪失しているのだから、社会が精神疾患を患っていることになる。
この喪失の度合いが大きくなれば、社会の許容範囲を超えてしまえば、当然社会が壊れていることになる。通常秩序が無秩序に社会が陥っている。
立花はそういう社会の兆候だ。そして、それは同時に兵庫県によって、その兆候が現れてもいる。僕はこのような状態を非社会性と呼んでいる。
今日、兵庫県の百条委員会で兵庫県政の問題に結論的な意見がでた。これは良い兆候であると思っている。