ちいさいやつら

わが家のセキセイインコとアキクサインコのお話

引き潮に乗って(その2)

2014-12-23 09:38:00 | 自分のこと
その1からの続きです)


病院からの帰途
車で坂道をガーっと上り終わったところで
恐ろしく大きな夕陽を見ました。
フロントガラスを半分以上覆い尽くすほどの
大きなオレンジの残照。
夜の8時半を過ぎて夕陽が沈むのか?と
今でも疑問に思っていて
もしかしたらあれは夕陽ではなかったかもしれないけど
あの時は夕陽だと信じて疑いませんでした。

ああ、太陽が沈む。
圧倒的に大きくて支配的な太陽が
沈むっていうんだから沈むのだろう。
その有無を言わさない姿に恐れをなして
気づいたら車を停めていました。
なんだか綾子はこの夕陽に連れて行かれる気がする・・・。
どうしよう、今から病院に戻って家に連れて帰ろうか。

迷いに迷ったけど
もう病院は閉院しているし
昨日、一旦断られたところをゴリ押しして
入院をお願いして迷惑をかけているから
これ以上は・・・と思って結局は帰宅しました。

帰ってから潮の満ち干を調べました。
あの沈む夕陽を見て
ふと、今日の干潮は何時だろうかと気になって。

命は満潮と共に生を得て
干潮と共に黄泉へと誘われるというから。

自分でもこんな時に
何をやってるんだろうと思ったけど
何かしてないと落ち着かない。

それで気象庁のページで調べてみると





これから1時間後の22時(午後10時)が満潮で
それを過ぎると引き潮が始まる。
明日になれば午前11時過ぎから
もっと強い引き潮が始まる。
綾子はこの波を越えられるだろうか。
永らえてほしいけれど
でも苦しみは早く終わった方がいい。
そう思うならなぜ
高酸素室から出して連れ帰らなかったのか・・・

そんなことをつらつらと考えていたら電話が鳴りました。
午後10時半。
やはり綾子は始まった引き潮に乗って行ってしまった・・・

再び病院へと行く道は悲しいほどスムーズで
さっきのあれは何だったのかと思うほど。
天がいろいろ教え諭してくれていたのは
もう先はないから連れて帰れ、心の準備をしろという
暗示だったように思うのだけど
それに気づかぬ振りをした自分は
当然の報いで死に目には会えませんでした。

―――私は「アレックスと私」が嫌い。
飼い主であるペパーバーグ博士は
アレックスを実験対象にしているので
必要以上に構ってやらないこと
それから最期、息絶えたアレックスに
会おうともしなかったところが好きではなくて。

もちろん博士の言い分もあるのだろうけど
私は絶対、そんなことはしない
死に目にも立ち会ってありがとうを言い続けるんだ!

そう思っていたのに
やったのは病院に置き去りにしたことで
博士を責める資格もないようなこと。
こんなに早かったなら病院にずっといればよかった。
迷惑かけても戻ればよかった。
そのことを綾子に死なれてから長いこと悔やんでいたし
今も胸の痛むことだけど
あの時の自分はもう、どうすることもできなかったのだと
この頃は現実を受け入れています。

それからこれも・・・。









綾子の最後の写真です。旅立つ2時間くらい前の。
私もこれが最後になりました。

ああやっぱり胸が痛い・・・
あの時、どうしてこんな苦しそうな写真を撮ったのだろう。
ひとつには、度重なる入院の様子を
じーちゃんに報告する癖がついてたこともありますが
結局この写真は
見ても悲しいだけだろうと思って伏せたままです。

こんな時に写真を撮った自分が許せないのと
この辛そうな最期が目に焼きついてしまって
それ以降
なかなか綾子の写真を見ることができませんでした。
でも、思い切って3ヶ月くらい前に
綾子のアルバムを作ったことが転機になり
楽しい時間もたくさんあったんだよね・・・と
徐々に思い直しているこの頃です。

そんなアルバムを眺めつつの2回目の命日は
前回より穏やかな気持ちで過ごせました。


澱のように溜まったことを
誰かに聞いてほしかっただけなのですが
長かったですね。
もしもここまで読んでくださった方がいらしたなら
ありがとうございます。
皆さんは、いつか来る鳥さんとのお別れが
後悔の少ないものとなりますように。

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