「元気ですか
こっちでも桜が咲き始めました。
約束どおり、一枚送ります。
もらったお守りは本に挟んで乾かして押し花にしました。
ラミネートして、今でもきれいに咲いています。
ありがとう
追伸
お前の相棒も、相変わらず不必要なほどに元気です 手塚」
「あれ、柴崎何してるの。どっか出かけるの」
リュックにナイロンのスポーツバッグを持ち、ジーンズにパーカーといった彼女にしては珍しくラフな格好をして部屋を出てきた柴崎を目ざとく見つけて、広瀬が声をかけた。
柴崎は、うん、と玄関の靴脱ぎでシューズに履き替えながら、
「ちょっと桜見てくる」
と答えた。
「桜? こっちの見ごろはもう終わったでしょ」
とうに葉桜だ。
柴崎はつま先をとんとんと床に打ち付けて、
「そうね。でも見れるところもあるのよ」
と曖昧にぼかした。
広瀬はへえそうなの?と半信半疑の風だったが「一人? それとも誰かと?」と興味の対象を微妙にスライドさせたので柴崎としては助かった。
にっこり笑顔を見せて、
「桜は一人で見るには惜しい花じゃない?」
と返す。
そして、
「じゃあ行って来ます」
と踵を返し、玄関を出た。
広瀬が何かを言い継ぐ間を与えずに。
そのまま駅へ向かう。今日は快晴。パーカーを着ていると汗ばむほどの陽気だ。
でも、これから向かう先では必要になってくる。持っていかないわけにはいかない。
柴崎は幾分速い足取りで駅へまっすぐ向かう。
自分でも、自分の行動に驚いている。
でも居ても立ってもいられなかった。はがきを読んだすぐ後には、もう荷造りに取りかかっていた。
チケットを買う。ひとまず東京駅まで。
新幹線はどこまで動いているのだろうか。
いけるところまで行って、その後はバスか鈍行か。……行った先で考えよう。
こんな行き当たりばったりの旅って初めて。思わず自嘲したくなってしまう。
いつもは旅行雑誌買い集めてあれこれ効率的に計画を立てるのに。
泊まるホテルさえ押さえていない、なんて、どうしちゃったのよ、一体あたし。
電車乗り場に向かいながら思う。
今日、手塚から葉書が届いた。
素っ気無い文面。見覚えのある四角張った文字。
書いた本人の頑なさが垣間見えるような。
桜のことしか書いていなかった。お守りのことと。
そして書き忘れたのを追加するみたいに、笠原のことを最後に添えて。
便りを送るという約束をきっちり守るあたりがいかにも手塚らしい。
……自分のことなんか、ひとっことも書いてないんだから。
あの馬鹿。
仕事が辛くないはずがない。もう一月も向こうに逗留して現地の図書館を再生させることに専念、尽力している。
被災地では十分物資も確保できていないはず。朝晩はまだ冷え込むはず。
電力やガスがまだ供給されていない地域もあるという。
大変じゃないはずがないのに。
手塚の葉書には、薄ピンク色の桜の花びらがセロテープでしっかりと留めてあった。
左の隅に。
激励に行くんじゃない。
物資を届けに行くんじゃない。
顔を見たいわけでもない、断固として。
あたしは、花見に行くのよ。さっき広瀬に言ったように。
自分では気がついていないが、柴崎は既に弁解口調だ(心の中で)。
手塚の胸で、まだちゃんとあたしのあげたお守りがほんとに咲いているか、確かめに行くだけだから。
速攻で取った有給休暇三日。
三日あれば、たぶん会えるだろう。
任務中の手塚に声はかけられないけれど。仕事休んであんたんとこまで来たなんてばらすわけにはいかない。だから絶対に隠密行動だろうけど。
無事な姿は、きっと見られるに違いない。
それでいい。一目見られる。それだけで。
春風に吹かれながらプラットフォームに立ち、電車が来るのを待ち焦がれる。
ふと、パーカーのポケットに入れていた葉書を思い出し、取り出す。
もう一度文面を丁寧に読んで、柴崎は唇を噛む。
――あたし、ほんとにどうしちゃったんだろう。
なんでこんなに気が急くの? 胸が苦しいのよ。
病気だろうか。そう考えてくすっと笑みがこぼれる。
柴崎はあわてて左右を窺った。幸い見ていた人はいないようだ。
空を仰ぐ。
この症状は恋だ、なんて言葉が浮かぶようじゃ、もう末期だわね……。
自分に突っ込みを入れ肩を竦める。そして浮かれた心を引き締めるように再度口にした。
「あたしは桜を見に行くのよ」
そして葉書をまたポケットにしまった。そうっと、それはそれは大切そうに。
【2】へ
こないだ書いた「桜」の続編です。
なんだかシリーズ化しそうな雰囲気になったので、エンドマークを打たずに続くとしました。
この先のお話は頭に浮かんだら書きたいです。
手前味噌ですが、柴崎は、可愛いですなあ……。
R指定のCJ二次創作、有川作品二次創作を掲載している部屋は
こちら「夜の部屋」へ
そのパスワード入手につきましては
こちらをご覧ください。
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こっちでも桜が咲き始めました。
約束どおり、一枚送ります。
もらったお守りは本に挟んで乾かして押し花にしました。
ラミネートして、今でもきれいに咲いています。
ありがとう
追伸
お前の相棒も、相変わらず不必要なほどに元気です 手塚」
「あれ、柴崎何してるの。どっか出かけるの」
リュックにナイロンのスポーツバッグを持ち、ジーンズにパーカーといった彼女にしては珍しくラフな格好をして部屋を出てきた柴崎を目ざとく見つけて、広瀬が声をかけた。
柴崎は、うん、と玄関の靴脱ぎでシューズに履き替えながら、
「ちょっと桜見てくる」
と答えた。
「桜? こっちの見ごろはもう終わったでしょ」
とうに葉桜だ。
柴崎はつま先をとんとんと床に打ち付けて、
「そうね。でも見れるところもあるのよ」
と曖昧にぼかした。
広瀬はへえそうなの?と半信半疑の風だったが「一人? それとも誰かと?」と興味の対象を微妙にスライドさせたので柴崎としては助かった。
にっこり笑顔を見せて、
「桜は一人で見るには惜しい花じゃない?」
と返す。
そして、
「じゃあ行って来ます」
と踵を返し、玄関を出た。
広瀬が何かを言い継ぐ間を与えずに。
そのまま駅へ向かう。今日は快晴。パーカーを着ていると汗ばむほどの陽気だ。
でも、これから向かう先では必要になってくる。持っていかないわけにはいかない。
柴崎は幾分速い足取りで駅へまっすぐ向かう。
自分でも、自分の行動に驚いている。
でも居ても立ってもいられなかった。はがきを読んだすぐ後には、もう荷造りに取りかかっていた。
チケットを買う。ひとまず東京駅まで。
新幹線はどこまで動いているのだろうか。
いけるところまで行って、その後はバスか鈍行か。……行った先で考えよう。
こんな行き当たりばったりの旅って初めて。思わず自嘲したくなってしまう。
いつもは旅行雑誌買い集めてあれこれ効率的に計画を立てるのに。
泊まるホテルさえ押さえていない、なんて、どうしちゃったのよ、一体あたし。
電車乗り場に向かいながら思う。
今日、手塚から葉書が届いた。
素っ気無い文面。見覚えのある四角張った文字。
書いた本人の頑なさが垣間見えるような。
桜のことしか書いていなかった。お守りのことと。
そして書き忘れたのを追加するみたいに、笠原のことを最後に添えて。
便りを送るという約束をきっちり守るあたりがいかにも手塚らしい。
……自分のことなんか、ひとっことも書いてないんだから。
あの馬鹿。
仕事が辛くないはずがない。もう一月も向こうに逗留して現地の図書館を再生させることに専念、尽力している。
被災地では十分物資も確保できていないはず。朝晩はまだ冷え込むはず。
電力やガスがまだ供給されていない地域もあるという。
大変じゃないはずがないのに。
手塚の葉書には、薄ピンク色の桜の花びらがセロテープでしっかりと留めてあった。
左の隅に。
激励に行くんじゃない。
物資を届けに行くんじゃない。
顔を見たいわけでもない、断固として。
あたしは、花見に行くのよ。さっき広瀬に言ったように。
自分では気がついていないが、柴崎は既に弁解口調だ(心の中で)。
手塚の胸で、まだちゃんとあたしのあげたお守りがほんとに咲いているか、確かめに行くだけだから。
速攻で取った有給休暇三日。
三日あれば、たぶん会えるだろう。
任務中の手塚に声はかけられないけれど。仕事休んであんたんとこまで来たなんてばらすわけにはいかない。だから絶対に隠密行動だろうけど。
無事な姿は、きっと見られるに違いない。
それでいい。一目見られる。それだけで。
春風に吹かれながらプラットフォームに立ち、電車が来るのを待ち焦がれる。
ふと、パーカーのポケットに入れていた葉書を思い出し、取り出す。
もう一度文面を丁寧に読んで、柴崎は唇を噛む。
――あたし、ほんとにどうしちゃったんだろう。
なんでこんなに気が急くの? 胸が苦しいのよ。
病気だろうか。そう考えてくすっと笑みがこぼれる。
柴崎はあわてて左右を窺った。幸い見ていた人はいないようだ。
空を仰ぐ。
この症状は恋だ、なんて言葉が浮かぶようじゃ、もう末期だわね……。
自分に突っ込みを入れ肩を竦める。そして浮かれた心を引き締めるように再度口にした。
「あたしは桜を見に行くのよ」
そして葉書をまたポケットにしまった。そうっと、それはそれは大切そうに。
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こないだ書いた「桜」の続編です。
なんだかシリーズ化しそうな雰囲気になったので、エンドマークを打たずに続くとしました。
この先のお話は頭に浮かんだら書きたいです。
手前味噌ですが、柴崎は、可愛いですなあ……。
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私の住む埼玉では大した被害も無かったのですが、毎年恒例の公園での花見や桜並木を仰ぎ見る人達の表情が、なんだか普段と違い、とても感慨深いように見えました。
(若い男の子まで、独りでじっと見つめていましたよ)
美しいだけでなく、不思議な力を花ですよね、桜って。
恋は落ちるもの。
どこに落ちるかわからない。
いつ落ちるかもわからない。
落ちておぼれるのが恋
かわいいです
>MIOさん
桜は、彼岸と此岸をつなぐ樹木、花ですよね。
死生観を体現しているというか。3・11以降
の桜は、格別日本人の胸に迫るものとなっているのだと思います。
>たくねこさん
柴崎の可愛さは、恋に落ちている自分をどこか斜めに見ながら、でも加速度をとめられずにいるところかなと思ってます。天邪鬼なところが格段に可愛いのですね。手塚め~~~
うふふふふふふ
手塚PUSHで頑張ってまいりましょう。たくねこさん(笑)