背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

さくらだより【5】

2011年05月06日 04時50分44秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降
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翌朝、柴崎は避難所となっている町の中学校の体育館で目を覚ました。
詳しく言うなら、体育館へと続く通路でだ。そこに寝袋を敷いて眠った。
ただ、夜間でもいくらか人の行き来があるため、熟睡できたとは言いがたい。それに地べたに寝袋だけで寝るというのも、初体験だ。身体の節々が痛んだ。
それでも文句も言わず柴崎は起き出し、トイレの手洗い場でざっと顔を洗って髪をゴムで括った。もちろんメイクなどするはずがない。
動きやすい服に個室で着替えて、さっそく玄関周りの掃除を始めた。靴を揃え、外掃きでほこりを掃き出す。
「おはようございます」
「おはよう」
避難しているひとたちがぱらぱらと起きだして来る。それに挨拶をする。
「おはようございます」
柴崎が声を掛けると、驚いたように一様にその顔を見つめる。
「あんた、どっから来た。女優さんだか?」
老年の婦人などは気安く尋ねたりするが、東北の人たちは概ねシャイだ。柴崎が立ち働くのを興味深そうに眺めては、目配せしあったりするのがほとんど。
「東京からです。女優とかじゃないですよ」
普通の会社員です、とちょっとごまかす。
婦人は柴崎が胸に着けたガムテープの名前を見た。
「”しばざき”さんか。東京がらわざわざー。へえー。ボランティアで?」
「ええ。少ししかいられないんですけど」
すみません。明日には発たなければならない。
「んだのー。有難うね」
その婦人は寝起姿のまま、会釈してトイレのほうへ向かった。
……好意的に迎えられるだけではないと昨日ここに来て痛感したけれど。
ストレートな謝意は、やはり何よりもうれしいし、励みになる。そう思った。
堂上に連れられて町役場に行き、この避難所を紹介された。
寝袋も食料も持参してきたと申し出たことが、話を早くした。登録用紙に必要事項を記入して、すぐに向かって欲しいと担当に言われた。
堂上の予想通り、柴崎に与えられた仕事内容は、主に避難所の清掃だった。それでも構わないと二つ返事で引き受けた。
「何かあったら連絡しろ。24時間、いつでもいい。俺でも、郁にでもどっちにでも。分かったな」
言い含めて、堂上は任務に戻った。
柴崎はその背中に頭を下げた。


タレントの慰問と間違われたのには参った。
じろじろと遠巻きに眺め、自分の一挙手一投足を見守っている人たち。
露骨に、「あんた、なんていうタレントさんだが」と訊かれ面食らったこともしばしば。
売れない演歌歌手が慰問に来たと間違えられて、一曲歌えや、せば歌思い出すがもしんね。とおじさんにしつこく絡まれた。
それらはまだいいほうで、中には「ボランティアだと。偽善だんだ」と聞こえよがしに舌打ちする声もあった。
心が、冷水を浴びせられたように冷えた。手足まで一気に。
偽善――その言葉が、柴崎を射る。
けれども表情には出さず、与えられた仕事に励んだ。
中には「トイレ汚れだがら、きれいにして頂戴」とぞんざいに言いつける人もいた。
柴崎がそうするのが当たり前とでもいった口ぶりで。
柴崎は言われたとおりにした。避難所での生活も長丁場になっている。ここで暮らす人たちの疲労、憤懣、絶望を思うと気持ちがふさいだ。
何もかも失い、将来への不安は募るばかり。そんな毎日なら言動も荒んでくるはずだ。
しかし、だからこそそんな中でねぎらいの言葉を掛けられると救われた。
「大変だのー。ほんとありがとね」
自分たちのほうが大変だろうに、ボランティアに律儀に頭を下げる被災者に会うと、それだけで胸が熱くなった。
偽善といわれてもいい。あたしは、少しでも善に近いことをしたい。
そう自分に言い聞かせて、柴崎は動いた。
この避難所には小さい子どもも何人かいた。保育園や幼稚園が津波の被害に遭い、復旧中のため、日中身体をもてあまし気味の、やんちゃな盛りの男の子、女の子が。
ふとしたきっかけで、柴崎はその子達に絵本の読み聞かせをすることになる。


「篤さんさ、そういや昨日小耳に挟んだんだけど」
「ん?」
「なんか避難所にすごい美人のボランティアが来てるんだって。知ってた?」
郁としては何気なく切り出しただけだった。
そういや昨日の乾電池組がそんな話してたっけと思い出しただけ。
しかし、堂上が「え」と顔を強張らせた。
「すごい美人のボランティア? 避難所に」
目が泳ぐ。それを見てむうと郁は頬を膨らませる。
「なに、興味あるの? あたしという妻がありながら」
自分で振ったくせに、へそを曲げるとは郁の奥方っぷりも堂に入ってきた。
堂上は狼狽した。
「いや、興味あるとかそういうわけじゃなくてな。お前今の話、どこから聞いたんだ」
「どっからって、部下からだよ。町に出かけたやつが仕入れてきた」
きょとんと目を丸くする。堂上が話のどこに反応してこんなに食いついてきているのか読めない。
「いつ」
「昨日って言ったじゃない。何、心当たりあるの、そのボランティアの人」
「あるも何も。~~あーばれてるじゃないかもう。俺じゃない。俺は断じて何も言ってないからな。恨むなよー柴崎」
うなじをぼりぼり掻き毟る堂上。
それを聞いて目を剥く郁。
「柴崎? なにそれ、なんでここに柴崎が出てくるの」
「……あー」
気の毒そうに堂上は郁を見遣る。
言ったら傷つくな確実に。そう思いつつため息混じりに告白した。
「そのボランティア、十中八九柴崎だよ。今あいつ避難所に寝泊りして働いてるんだ」
「ええっ! い、いつから? あたし全然聞いてないよ」
郁は堂上に詰め寄る。形相が変わっている。
これは、かなり衝撃を受けているときの顔だ。しかも驚きより、悲しみのほうが先にたっている。
堂上は冷静な口調を崩さなかった。
「昨日来たらしい。俺も偶然会ったんだ。ボランティアの仕事したいっていうから、町役場まで連れて行った。そこで別れた」
堂上の肩に指を食い込ませていた郁の手から力が抜けていく。
「昨日来たって……。なんで、あたしに何の連絡もしないで」
一番の親友だ。そう信じていただけショックが大きいようだった。
目の焦点がぶれている。唇が血の気を失っていく。
「内緒にして欲しいって言ってた。こっちに来たことも知られたくないって。あいつもあいつなりに思いつめてるみたいだった。ボランティアのことも頼まれたから黙ってた。すまん」
結果的に郁を傷つけたことを堂上は詫びた。
「そんな。なんで……」
郁は携帯を取り出す。履歴を確認してもやはり柴崎からの着信はない。
メールも届いていない。
液晶画面を呆然と見つめた後、郁はがばと顔を上げ、ぴぴぴと速攻である番号を呼び出す。
「おい、あいつも避難所で一生懸命働いてるんだ。今お前がかけても、」
堂上が見かねてたしなめる。そんな夫を郁はじろっと睨んだ。
「柴崎にかけてるんじゃない。それに、篤さんがあたしに隠し事してたことは、理由が何であれ許せない。後でとくとお灸饐えてあげる。でも今はちょっと黙ってて頂戴」
「う」
堂上に二の句を告がせない迫力。郁は燃えていた。めらめらと彼女の内をある使命感が焼いていた。
そこで、携帯がつながる。ふっと独特のタイムラグをもって、聞きなれた声が郁の耳を打つ。
「――はい。何だ」
素っ気無いいらえ。あたしの電話にはいつもこんなぞんざいな応対しかしない。
内心むかっ腹を立てながら、郁はすうと息を吸ってから言った。
「手塚? あんた、今日非番でしょ? ちょっと顔貸してよ」
誰が聞いても脅しとしか表現しようのない台詞で郁は彼を呼び出した。

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