男が目を開けると、そこは一面(いちめん)白い雲(くも)に覆(おお)われた見たこともない場所(ばしょ)だった。足下(あしもと)も真っ白で、地面(じめん)を踏(ふ)みしめている感覚(かんかく)もないのだ。男は必死(ひっし)に考えた。どうしてここにいるのか。ここに来る前はどこで何をしていたのか。だが、男は何も思い出せなかった。
どこからともなく声が聞こえた。
「いらっしゃい。いよいよ、交代(こうたい)のときが来ましたか」
男は声のする方に振(ふ)り返った。雲の間から、別の男が顔を出す。
「えっ、何のことですか? 私は一体(いったい)どうして…」
「あなたは選(えら)ばれたのですよ。この森(もり)の番人(ばんにん)にね」
別の男が手で雲を払(はら)うと、雲はまるで生き物のように動き出した。そこに現れたのは、見たこともないような巨木(きょぼく)。四方(しほう)にのびた枝(えだ)には、光り輝(かがや)く実(み)がいくつもついていた。
「あなたの仕事(しごと)は、この魂(たましい)の木を悪魔(あくま)たちから守(まも)ることです。この杖(つえ)を使ってね」
別の男は長くて細い杖を男に渡すと、まるで煙(けむり)のように消えていった。男は何が何だか分からないまま、茫然(ぼうぜん)と立ちつくした。――どのくらいたったろう。冷たい風が男の頬(ほお)を突き刺(さ)した。みるみる黒い雲がわき上がり、その中から大きな悪魔が姿(すがた)を現した。
「これが悪魔なのか? こんな細い杖で、どう戦(たたか)えばいいんだ」
男はやみくもに杖を振り回した。すると、杖の先が悪魔に触(ふ)れた。とたん、悪魔はすごい勢(いきお)いで息(いき)をはき、風船(ふうせん)のように飛び去ってしまった。
<つぶやき>まるで夢のような話。でも、そんな場所はないなんて誰も言えませんよね。
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