突然の訃報。
会社に休みの連絡を入れ、
クローゼットに眠る喪服のチェック。
最近、使ってないから大丈夫かな……?
でも喪服なんて着る機会がないほうが良いよね。
シャツのシワチェック、よし。
香典の誤字脱字チェック、よし。
数珠、ハンカチ、よし。
迎えにきた両親とともに斎場へ。
中に入る前から漂う、
どんよりと暗く重たい空気。
何度きても、この雰囲気は苦手です……
「ほらミル、ちゃんと前向いて‼︎
あいつは湿っぽいのが嫌いなんだ、
笑顔でお別れを言ってやろうじゃないか」
「子供の頃からよく遊んでもらってたわね」
「そうだね……
うちの子にならない?って、
彼からよく言われれたよ」
「面白い人だったよね」
故人は良くも悪くも、お調子者といいますか。
シリアスなムードが苦手な人でした。
──……よし。
最期のお別れは、
ちゃんと笑顔で告げよう‼︎
気合いを入れて、
勢いよく踏み出した第一歩。
それと同時に鳴り響く大きな鈍い音。
べりっ
「……あら、なんの音?」
「ミル、お前の足元から聞こえたぞ?」
「………………。」
嫌な予感。
物凄く嫌な予感。
そーっと足を上げてみると、
そこにはペロンと剥がれた靴底が。
あぁ……
靴のチェック、失念してた
どうしよう?
靴底、凄くカパカパしていてさ。
なんだかワニの口っぽくなってるよ?
目の前には斎場の入り口。
その入り口ではスタッフが、
『どうぞ』というジェスチャー。
もう後戻りできない状況
「ミルよ、そーっとだ。
そーっと、すり足で歩け」
「絶対にバレないでよ、その足」
「うん、隠し通すわ」
感じていた重苦しいものは消え去り、
涙を堪えることは無くなった──……が。
新たな戦いが始まった。
「お履き物、こちらで預かります」
敗戦。
終わった……
速攻で終わった……っ‼︎
スリッパを出すスタッフを前に固まる3人。
ええと……
いや、まだだ。
まだ終わらんよ。
「いえ、自分でやりますよ、
ボロ靴なんで」
嘘も誇張もない、確固たる事実。
両親が『本気でボロなんだよな』とか、
呟いているけれど気にしちゃダメだ……‼︎
音を立てないよう細心の注意をはらい、
最小限の動作で靴を脱ぐと、
流れるような自然さで靴底に手を添え持ち上げる。
そのまま、すっ……と靴箱へ。
よし。
我ながら完璧だ‼︎
大丈夫、不自然さは無い──……
「無駄のない優雅な所作ね
確かお稽古ごとを色々されているとか」
「え」
振り返ると、
そこには親戚ご一家の姿。
まずい。
このご婦人、噂好きで有名。
一難去って、また一難。
絶対に、彼らにだけはバレちゃならねぇ……
「お茶やお花をやっていると、
普段の生活まで風流になるのでしょうね
やっぱり侘び寂びなどを意識されたり?」
「いやぁ……ははは……」
しめやかに決めた喪服からの底抜け靴は、
侘び寂びの部類に含まれますか……?
──なんて、絶対に聞けやしないけれど。
とにかく一刻も早く、
彼らとこの場を離れなければ。
「それでは、そろそろ中に──……」
「ねぇねぇミルくん
靴のサイズ、何センチ?」
ストーップ‼︎
お嬢さん、困ります‼︎
なんで一直線に靴箱に向かうんですか‼︎
すっ……と、
腕を伸ばして彼女をエスコートする──……
フリをして、全力で靴をガード。
お嬢さん、悪いことは言いません。
そこに近づいちゃならねぇ‼︎
見てはいけないモノがあるのですよ……
故人との最期の別れ。
思い出話に花が咲くけれど。
涙、跡形もなく引っ込んだよ……
何故にあのタイミングで靴、壊れたかな。
段差とか障害物とか、
何もない場所だったのに。
凄い派手な音が立ったし。
…………。
きっと彼からの、
『泣かないで笑顔で見送って』と。
そういうメッセージなのだと。
うん、そう思うことにしましょう……
結構な力技だけれど
帰り際に彼の妹さんが声をかけてくれました。
「ミルさんたちも、
今日はありがとうございました」
「いえ、彼にはお世話になりましたから」
「兄はミルさんのこと、
よく『養子に欲しい』って言ってました
兄に足を引っ張られないよう気をつけてね」
「え」
兄によく似た笑顔で、
冗談めかして言う妹さん。
しかし
笑えねぇ……
もしかして自分、
連れていかれるところだった?
何もないところで、
突然、靴底が剥がれたのは。
彼に足を引っ張られ……
…………。
待って
お願い
最後の最後で、
ホラー展開入れないで。
ダメだ‼︎
これ以上考えちゃダメ‼︎
偶然だと、気のせいだと、
頭では理解していても‼︎
なんか嫌……‼︎
塩撒いて、
お風呂に入って、
今日は早く寝てしまおう……