「昨日は大変だったね」

朝食を終え、食後のコーヒーを一杯。
その最中に社長からの着信。
昨日、自分が抜けた穴は大丈夫だったのか……

「突然休んでしまって、すみません」
「いやいや不幸は仕方がないよ
それよりも昨日ちょっと色々あってね
事後承諾になっちゃうんだけど──……」
どうやら昨日、仕事先にて、
何かしらのトラブルが発生したようです。
それでも自分が対処に抜擢されたのは、
社員たちから信頼されているということ。
『お前ならやれる』という、
信頼に応えるためにも快諾したいものです。
「自分は構いませんよ、
何をやれば良いですか?」
「ミルくんの、その髪の毛
縦ロールに出来るかな?」
待て
何があった?
何が一体どうなって、
縦ロールが必要になった⁉︎
「ちょっ……
待って、何で⁉︎」
「昨日、色々あって──……」
「その色々部分を話せ‼︎
とにかく詳しい説明求む‼︎」
「昨日のお客さんは、
飲食店を経営していてね──……」
社長の話によると。
昨日、仕事に伺ったお客さん。
彼女の姪がバンドをやっているらしい。
コロナ明け初のライブを行いたいという姪に、
彼女は快く店内を提供したのだけれど。
チケットが、全く売れないらしい……
「もう、タダで良いから来て欲しいって、
お客さんからチケットを渡されてね」
「事情はわかりました……が‼︎
それと縦ロールに何の関連が⁉︎」
「姪っ子さんのバンドが、
ゴスロリバンドなんだ」
おお……
なかなか尖ってらっしゃる
「ファンもそういう服の人ばかりらしくて、
普通の服装で行ったら逆に浮くんだって」
「え」
「とりあえず参考までに、
どんな身なりにしたらよいか聞いたらさ、
縦ロールに黒いワンピースが多いって」
「あー……」
「流石にこれは厳しいだろ?
太ったハゲの爺さんには厳しいだろ⁉︎」
自分にも厳しいです。
この姿、よく思い出してください。
日々の業務と庭仕事で、
ゴツいムキムキの二の腕ですよ?
ロリータ要素、皆無です。
「大丈夫だ‼︎
ミルくんならギリ行ける‼︎」
そんな際どいライン攻めたくない
「ライブ会場まで車で送るから‼︎
誰にも見られないよう配慮するから‼︎」
「まず人に見せられないような、
際どい格好をさせないで下さい……‼︎」
いや、あのね?
ゴスロリファッション、
お洒落で素敵だと思いますよ。
年齢、性別、外見も関係なく、
好きなものを自由に楽しめば良いと思います。
ただ……ね?
自分の場合、
リスクが高すぎる
あのね
自分はね
同じ生活圏内に、
両親がいるんだぞ……‼︎
縦ロールにした姿なんぞを見られた日には、
また妙な寸劇を始めて全力で弄られるわ‼︎
「ちょうどハロウィンの季節だし、
仮装パーティーだって言えば誤魔化せるよ」
「誤魔化せねぇんだ……‼︎
うちの両親、理解力ありすぎて‼︎
全て受け入れた上で便乗してくるんだ‼︎」
あれは、とある夏の日。
イベントで売り子のバイトをした時、
サークルから渡されたコスプレ衣装。
『記念にあげる』と言われ持ち帰った、
その衣装が両親に見つかった悲劇……
2度と繰り返してはならない
「そもそもさ、ゴスロリだからって、
必ずしも縦ロール&ワンピースが
必須ってわけじゃないでしょ⁉︎」
「あ、そうなの?」
「たぶん‼︎」
イベント会場ではパンツスタイルの
ゴスロリファッションも多く見られました。
あまり詳しくはないけれど、
たぶん甘さ控えめなゴスロリもあるはず。
ちょっと検索してみよう……
「……ミルくん、どう?」
「ゴスロリにメンズがありました
こっちなら手持ちの衣類で、
雰囲気だけなら寄せられそうです」
「ねえ、ミルくん」
「はい」
「和ゴスってやつが似合いそうだよ」
何を検索しとんねん
「これならミルくんの長い黒髪が映える‼︎
真っ黒な着物か浴衣、持ってないの?」
「一応、持ってはいますけれど……」
「白か黒っぽいハイネックを着てさ、
その上から黒い着物を羽織るの
下は黒いズボンと黒い靴があれば大丈夫
あとはアクセサリーでなんとかなるよ」
突然のスタイリストモード
ええと……
ハイネックは持っている。
黒い和服と黒いズボンもある。
黒い靴は──……
昨日、底が抜けた。
まぁ、靴は接着剤で直すとして。
アクセサリーはハロウィンシーズンだし、
それっぽいものは簡単に手に入りそう。
メイク道具は100円ショップでも揃うはず。
……。
どうしよう……
なんとか、なってしまう
「髪はいつものポニーテール?
それとも、おろして巻いてみる?
和風ならカンザシも似合いそうだね」
楽しそうだね、社長……
いや、むしろ。
楽しむ方が正解なのかも知れない。
ライブが行われる数時間。
恥ずかしがりながら過ごしても、
楽しみながら過ごしても同じく時は流れる。
それならば。
せっかくの機会です。
普段とは違う自分を全力で楽しむのも一興。
ただし親バレには気をつけて
「帽子に和風っぽい飾りを
付けてもよいかもしれませんし──……
バラと黒レースの組み合わせもいいかな
ネイルには赤や紫に黒を重ねて──……」
「ミルくんって、開き直ると強いね
切り替えが早いタイプなのかい?」
「そうですか?」
「乗り気じゃなくても仕事だからと、
女装の際に下着にまで気合い入れちゃう
FF7のクラウドのようだ……」
その例えはどうかと思う
「まぁ、とにかく
当日は車で迎えに行くし、
その時までに準備しておいてね
買い物は領収書があれば経費で落とすし」
「100円ショップで揃うと思うので、
資金的には気にしなくて大丈夫です」
さて
そうと決まれば、
明日は仕事帰りに買い物に行こう。
いきなり縦ロールを打診された時は、
何が起きたかと驚きましたが──……
楽しむと決めたからには、全力で挑みます。
それにしても。
ここ数ヶ月で自分、
新しい扉、開きすぎじゃない?