伯母の新盆に招かれ、福島まで行って来ました。
法要後のお食事会を、「お斎」(おとき)と言いますが、
バスでその会場となる幸世庵さんへ。
時期的に法要会場はどこもいっぱいで、
たまたま空いてたこのお店にしたそうです。
ちなみに、新盆には親戚から提灯を贈るらしいですが、
そんなに提灯ばかりあっても仕方ないだろうと思い、
表書きに「新盆献灯料」と書いて現金にしました。
御提灯代、など、代と書くのは、
何らかの代価として支払うものの呼び方なので、
敬ってお渡しする金封の表書きには使いません。
バスで連れて行かれたお店は、
お蕎麦屋さんでしたが、夜は居酒屋になるとのこと。
かなり広くて、なるほど法事の利用も十分可能。
ただ、板敷きなのでクツを脱ぐのが面倒でした。
しかも1つの靴箱に2足入れるので、
知らない人と入れるとカギをかけられません。
取る人もいないからと、
そのままにしておけば良いと言われましたが、
間違って履いて行かれたら嫌なので、
私的にはカギをかけたかったです。
お料理は精進料理かと思いましたが、
お刺身やうなぎ、海老天、蒸し鶏など、
色々出てきました。
かける値段によって違うのかもですが、
お料理は和食のファミレスレベル。
万人が食べやすい味です。
画を撮り忘れたのですが、豚の角煮をパイで包み、
季節の野菜と炊き合わせたように盛り付け、
温泉タマゴを添えてあったものが出ました。
この温泉タマゴにカラが混入してました。
またか、とww
お店の人がいる時に、あ、カラが入ってる!と、
少し大きな声で言ったので、
申し訳ありませんと謝ってました。
謝って済むなら警察はいらないのよっ!
というシチュエーションじゃないのが残念ww
おかわり自由のお蕎麦も出てきました。
お蕎麦屋さんの割には、割と普通なお蕎麦。
つーか、提供時間がかかりすぎです。
最初に来賓待遇の隣組の方々に配膳してから、
身内の配膳が終了するまでの時間たるや、かなりのもの。
しかも食べ終えるまでデザートも出てこなかった。
遅れて出てきたお蕎麦を身内が食べてる間、
隣組の方々をおおいに待たせてたのには、
こちらがハラハラしてしまいました。
こちらではそれでも良いかもしれませんが、
関東でそんなことしてたら、
後で何を言われるかしれません。
悪びれずにのんびりしてるお店で、
混入物があっても簡単なお詫びのみ。
なんだか信じられない光景でした。
たとえお斎に慣れてないお店だとしても。
私が施主だったら次の法要には絶対頼みません。
私は船橋のある地域なんですが、まず読み方(呼び方)、なぜか「にいぼん」でなく「しんぼん」で統一されてます(^_^;)
仏様が亡くなってから初めての8/1(曜日は関係なくこれも決まってます)の午後にやるのですが、亡くなってから1~2ヶ月しか経過していないときは翌年になることもあります。
時間ははっきり決まっていなくて、概ね14~16時までで、お客は30分くらいしか座っていません。
日にちに関しては、例えば高根などの隣村では8/15の場合もあるようです。
場所は自宅で、例えば私のおばさんの新盆だとすると、嫁さんが手伝いに行きます。
料理は仕出し1~2品と手作りの物のミックスで比較的質素、手伝いが多い時は品数が増える傾向にあり。
昔はなまものは出さない決まりにありましたが、最近は寿司とか出てきます。
決定的な違いは、(新盆には)呼ばれないこと。
つまり声がかからないのですが、呼ばれなくても行くのです(笑)
身内の場合は忘れることはありませんが、それ以外の親戚とかですとすっかり忘れていて慌てることがよくあります(^_^;)
>お斉
初めて聞く言葉です。
何かの略なんですかね。
>読み方
私の周りでも、「にいぼん」だったり、「しんぼん」だったり、出身の地域によって違うようです。ちなみに主人の実家では「あらぼん」と言うそうです。
>法要
父の実家の地域ではkouheiさんの地域のように、日にちは決まっておらず、亡くなってから初めてむかえるお盆は旧盆の期間があける前までに法要を済ませることが多いです。
にしても、日にちが決まってるとなると、檀家の多い僧侶は大忙しですね。
法要の場所は今回自宅でしたが、ウチではお車代節約の為、法要はお寺でしますw
今回、青竹を立て、ほうずきなどをちゃんと飾りつけてある精霊棚というものをはじめて見ました。
ナスの牛、きゅうりの馬はもちろん、水の子(ナスとキュウリをサイの目に刻んでおコメを混ぜ、お水を少し入れてハスの葉に乗せたもの)、故人の好物や季節の果物などが乗っていました。
自宅での棚経の時間は20~30分で、その後、お墓にも行ったのがちょっと不思議でした。
というのも、以前同じ地域でお盆にお墓参りをしようとしたら、伯父から、家に帰ってきてるんだから、お墓にはいない、と言われたことがあるからです。
その時はなるほど、それもそうだなと思ったのですが、今回、僧侶は同行しませんでしたが、お墓にも行ったので、お盆と言うのはやはり民族的な行事なのだと思いました。
主人の実家などは最初にお墓に迎えに行き、道の両脇に点々と置かれたロウソクの中を、おんぶして連れ帰るそうです。
>決定的な違いは、(新盆には)呼ばれないこと
そうなんですか。
船橋ではどうなのかわからないですが、福島の実家の地域では会食の人数を把握するためではないかと思いますが、必ずハガキで案内が来ます。
昔は自宅で膳を出してましたが、100名、200名分の膳を作るのも大変なので、徐々にお店で、ということになって行った気がします。
実際、自宅でやってた頃も見てますが、それはもう女性が大変な負担を強いられてました。
>お斎
仏教用語の斎食(さいじき)から来ている言葉です。
僧侶の食事時間は決められた時間にすませることで、「斎」とも言ったそうです。
お通夜やお葬式で、焼香後に「お清め」しますよね?
浄土真宗では「お清め」という概念がありません。
死者は穢れたものではないからです。
そこで使われたのが、仏教徒の食事の戒律、斎食からの「お斎」です。
ですから浄土真宗発祥とも言えるかも?
お通夜や葬儀の返礼品に塩がついてないときは、「お清め」の塩も必要ないと考える浄土真宗の葬儀です。
また、浄土真宗には「お盆」というものも存在しません。
というか、仏教そのものに霊魂が帰ってくる「お盆」という行事は無く、伝来時に地域の行事とゴチャマゼになって発展したものです。
結局、お盆とは平民の無知を良いことに、誰かに都合よく設けられた行事とも言えるかもしれませんw
あと、福島では、生きている人が、お盆の入りとともに帰省し、お盆の明けの日に帰るのは絶対的タブーで叱られます^^
例えば一周忌のように、割と大掛かりにやっているかな?という印象ですが、浄土真宗ではもしかしたら、仏事をしっかりということでなく、親戚縁者多数が集まることが重要という考えなのかも。
うちの方では亡くなってから通夜葬式、初七日、たち日(1ヶ月目)または49日のいずれか、新盆、1周忌と続きますので、どこかで手を抜いているのかも(^_^;)
>檀家の多い僧侶は大忙し
そうですね・・・ウチは禅宗なんですが、お盆の間はお寺さんが忙しいので8/1に決めたのではないかと思っているんですよ。
なぜかというと、新盆を迎える檀家さんをお寺に集めて読経してます(笑)
古くからの檀家さんは別で個々だったのですが8/1なのは同じ、最近は新旧一緒の場合もありますしw
>家に帰ってきてるんだから、お墓にはいない
これは自分も同じ疑問を持ちまして総代さんに聞いたところ、仏様(ご先祖様だったかも)は全員が帰ってくるわけではなくて留守番もいる、だから墓参りに行くんだとのことでした。
本当かどうかはわかりません(^_^;)
今回行ったおウチはたしか真言宗だったかと思いますが、精霊棚に「ご霊前」と書いた提灯が下がってたのが印象的でした。同席したイトコもご仏前じゃないんだねと不思議がってたので、施主に4月に亡くなったのに、ご仏前じゃなくて良いの?と聞きましたが、ご霊前になると言ってました。
でもちょっと違和感…。
浄土真宗はスッタモンダがあり大きくは「おひがし」と「大谷」の二派に分かれたとか。
でも、どちらも「お盆」は存在しないし、死者は穢れていないという考えから、「施餓鬼会(せがきえ)」も行われません。その時期には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」というのを行います。
どの宗派も夏に供養の儀式が行われるのは、農繁期や寒冷期を避けてのことかなーと思っています。
でも、ビックリしたのはお布施の額。
親戚の家は、僧侶から提示された額が80万円だったとのこと。
ウチのお寺では、どの場合も「お気持ちで結構です」と言われ、葬儀でもほんの数万円で拝んでくれたんですけどねー。
お寺の中には半紙に名前と永代供養料と書いたものがありましたが、そこに3万円と書いてあったのにも驚きました。
>全員が帰ってくるわけではなくて留守番もいる
こういうところが民族学的で面白いなと思いました。
日本人特有の霊魂の考え方と言うか。
考えてみれば、人は死んで仏様になり、眠る場所が墳墓であり、
そこに塔を建立したのがお墓だから、仏様を拝むということになるんですよね。
そう考えれば、お墓まいりにはいつ行っても良いということになるかなって思います。