ようやく出演者が決定したミュージカル「預言者」。
次は舞台稽古である。そのためにオレイニコフはワルシャワ郊外にある森に囲まれた宿泊施設を借り切ることにした。宿泊施設といっても、ダンスの練習もできるような体育館も併設されている施設である。
そこで、約半年に渡り、出演者たちは文字通り「缶詰状態」の特訓を受けることになった。何でも1日に12時間稽古をしたと言う。
オレイニコフが言うところによると・・・
その場所は「強制収容所」で、時間が経つにつれ「みんな文明から長期間隔絶されて、発狂しつつあった。」
・・・だったそうだ。
ベラルーシ国営第1テレビの「ズビョズドナヤ・モノポリヤ」というテレビ番組でその稽古の様子がレポートされていた。
猛暑だったこの夏、みんな汗だくでダンスや鉄棒の大回転のリハーサルをしていた。
トーダルは他のボーカリストと一緒に歌を歌ったり、ビデオの録画をチェックしたりしていた。
舞台監督はわざわざアメリカのシカゴのミュージカル劇場でボイストレーナーをしているポーランド系アメリカ人を呼んできて、ボーカリスト組はミュージカル向けのボイストレーニングを受けている様子が写っていた。
オレイニコフによると、発声法からして本場アメリカのミュージカルは全然違うそうだ。
このトレーナー(マリオラ・ナピエランスカ)は見るからに熱血トレーナーで、教えている歌手の前でずっと指揮者のように手を振り回しており、この人をテレビの画面を見ているだけで疲れた。何と言うかスパルタ教育で、歌を教えていると言うより、スポ根ドラマを見ているようだった。
ただ、さすがと言うべきかヤドビガ・パプラフスカヤとアレクサンドル・チハノビッチはこのトレーナーにあまり叱られていなかった。
と言うか、必死で教えすぎて、トレーナーのほうの声がかれてしまっていた。それでもこのトレーナーはホイッスルを加えて
「もっと大きな声で歌うほうがいいところでは、これを吹いて教えますからね。」
とかすれ声で言っていた。先生もスポ根である。
このトレーナーは7月、ミンスクにやって来て、トーダルのバースデーコンサートを聴きに来ていた。
「今日は僕の先生が来ています。」
とトーダルが舞台上で話していたので、先生って誰だろうと思ったらこのボイストレーナーだった。
マリオラ先生はステージに上がって「トーダルは私の生徒の中で一番優秀です。」と褒めていた。
こんな鬼教師みたいな人に褒められるなんて、すごいね。(しかし誕生日だったゆえの単なるお世辞だったかも。)
ところで、この「陸の孤島稽古場」へベラルーシ人の参加者はオレイニコフらロシア側が用意したチャーターバスに乗って、陸路ミンスクからポーランド入りしていた。このバスに乗ってベラルーシとポーランドの国境地帯をあっちへこっちへと移動していたのである。
さて、8月のある日マーサの夫、釣りキチ捨平はポーランドへ行く用事があり、自分が運転する車に乗って、国境を越えた。3日後の日曜日、用事を済ませてベラルーシへ帰ろうと車を走らせ、夜中の12時ごろ国境地帯にある検問所にさしかかった。
ここでは税関検査や出入国検査を受けるため、時間がかかりすぐに通過できない。
捨平は待ち時間を利用して、トイレに行くことにした。
そのトイレでオレイニコフにそっくりな人に遭遇!
・・・というか本物のオレイニコフ!!!
オレイニコフはトイレを出たところで、すぐ女性ファンにつかまり、ツーショット写真をねだられていた。
捨平は「預言者」の稽古のため、出演者がこの国境を行ったり来たりしているというのを、聞いていたので
「やっぱり、本物だ・・・。」
と分かった。そして女性ファンが写真を撮って去った後、オレイニコフに声をかけた。
「大変ですね。」
これは有名人になると、国境地帯だろうが、夜中だろうが、写真やサインや握手を知らない人から求められるので大変ですね、という意味である。
「いや、全く。」
とオレイニコフは答えた。捨平は
「私の友達を出演者の1人に選んでくれてありがとう。」
と言ったので、オレイニコフは
「それは誰のことかい?」
ときいてきた。
「トーダルです。」
するとオレイニコフは
「ああ、トーダルならそこの売店で買い物しとるよ。」
「じゃあ、後で彼にも挨拶しに行きます。」
捨平はさらにトーダルと自分の日本人の妻が、いっしょにCD「月と日」を作ったことまで、オレイニコフにしゃべった。
するとオレイニコフは驚いて
「え、何? あなたの奥さんは日本人なの?」
「ええ、そうです。」
「どこで知り合ったの?」
「まあ、そういう知り合う機会があったんですよ。」
と捨平は笑って詳しくは話さなかった。(話し出すと長くなるものな。)
ともあれ、オレイニコフが私のことをちょっと知っている、というだけでも名誉なことですよ。(^^)
その後捨平は国境地帯にある売店へ行った。
すると、いるいる~。トーダルが買い物かごをぶら下げて、店内をうろうろしているではないか。
トーダルは捨平には気がつかず、しゃがんで下のほうの棚に置いてあったチョコレートの箱を選んでいた。
ちなみにマーサ家の人間はトーダルのことは普段トーダルと呼んでいない。本名のほうで呼んでいる。
捨平はしゃがんでいるトーダルに声をかけようとしたが、夜中でしかも運転に疲れていた頭に本名が浮かんでこない。
(あれ、サーシャだっけ? 何だったっけ? え~と・・・。)
と考え込んでいるうちに、チョコを選んだトーダルが立ち上がり、振り返った。そしたら後ろにいきなり捨平が突っ立っていたので
「わ!」
と純粋に驚いてしまった。(驚かそうとしたわけではないのだが。)
「どうしてこんなとこにいるんですか?!」
そりゃあ、普通はこんなところで知り合いに会うことはめったにないからね。
「いやあ、ポーランドに用事があって、その帰りなんだよ。」
「僕たちは今からポーランドの稽古場へ行くところなんです。」
つまり国境でばったり出会ったわけですね。
トーダルはかなり動転したらしく
「ええっと、この間あなたの奥さんとお嬢さんが、僕のバースデーコンサートに来てくれましたよ。」
などと、捨平が知っているに決まっていることをしゃべった。
その後みんなはそれぞれの方角に向かって出発した。
しかし、こういう偶然ってあるものなんだね。
この話を帰宅した捨平が話してくれたのだが、笑い転げそうになった。
しかも捨平の目撃談によるとトーダルはチョコレートのほか、ワインとハムを買い物かごに入れていたと言う。(濃い選択だね。野菜も食べるように。)
そしてトーダルは無精ひげを生やし、めちゃくちゃ疲れた様子だったと言う・・・。
舞台稽古で相当、体力を使っているようだ。
ああ、かわいそうに・・・。しかし、これがスターの宿命なのだよ・・・。(私がいちいち言わなくても分かっていると思うが。)
その後しばらくしてから、バースデーコンサートの感想と
「国境地帯で捨平と会ったんだってね。とても疲れているようだったと捨平は話していたよ。健康には気をつけてね。初演は必ず見に来ます。」
というメールをトーダルに送っておいた。(たまには優しいことも書いておこう。)
こんなにみんな必死に練習して(スポーツ選手のオリンピック前合宿みたい。)さあ、蓋を開けたらどうなるのか?
ああ、本番が楽しみ!
リハーサルの様子の画像はこちらのニュースサイトで見られます。
http://www.sb.by/article.php?articleID=60488
「預言者」の公式サイト内画像でも見られます。
http://www.pro-rok.ru/3_1.php
(この画像の中をよーく探すと、トーダルも写っている。けど、すごく寒そうにブランコに乗ったりして、まるで舞台稽古をしていないように見える。そうかと思うとブランコの支柱にしがみついていたり、馬鹿なことをやっている。(^^;) アホなことを言っている彼の声が聞こえてきそうだよ。)