今朝のニュースで哲学者「梅原猛」さんが、お亡くなりになったことを知りました
私にとっては、「梅原猛」さんは人生の中で多くの影響を受けてきた特別な方でした。
高校時代に歴史の先生から、「法隆寺の七不思議」という話を聞いて「隠された十字架」を手にしたのが始まりでした。その中で「聖徳太子」そして「救世観音」に大きく惹かれていきました。
その後はお決まりの「水底の歌」「神々の流竄」と一気読みの世界に入っていきました。
この頃には梅原さんの著書を読むには古文の知識が必要ということに気づいて必死に古文の勉強もしました。
おかげで、未だに古代の文章を読むのはそれほど苦労することなく読めるようになりました。
「梅原猛」さんを表するときに「梅原日本学」という言葉が使われますが、私は「梅原人間学」だと思っています。
古代から人はどのように考えて生きてきたのかということを知ると同時に、人の考え方は千年程度では変化しないと言うこともよく分かりました。
象徴的なのは「怨霊」に怯えながら生きる人間像は今でもよく理解できる感情です。ときの権力者もみんな怨霊に怯えながら生きてきたということもよく分かりました。
政治を表す「まつりごと」とは「怨霊を祀る」ということから発しているなんてとってもよく理解できる感情でした。
振り返ってみれば、長い人生の中で常に梅原さんの考え方が根底にあったような気がします。
そういう意味で今日は一つの大きな精神的支えを失った日になってしまいました。
でも、梅原さんの考え方はしっかり私の中に根付いています。これからも様々な場面で出てきて助けてくれると思っています。
梅原さん今まで有難うございました。
今はただ、ゆっくりとお休み下さい。