介護というには大袈裟ですが。

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寒くなると思い出す あの人 (16)

2023-02-12 13:35:49 | 日記
ツネ師匠の送別会は会社から歩いてすぐの中華料理が出る宴会場で行われた。ここは我が社御用達の場所で、新入社員歓迎会や上半期下半期、年末年始など区切りの時に頻繁に利用していた。
今回の集まりはツネ師匠の送別会のみならず年度末の慰労も兼ねてのものであったのだ。
そのため200名近くいる従業員、ほぼ全員参加の大掛かりな昼食会だった。
私達はお昼まで、お客様の進捗状況や数字の確認など、特に緊急性のないルーティンワークをこなし、ユッタリとした業務を淡々とこなした。そして11時半を少しまわった頃、営業責任者の部長が無駄に声を張り上げ私達に声をかけた。
『ちょっと良いかな。』
皆の視線が自分に集まるのを確認して、よく通る声を張り上げた。
『そろそろ送別会会場に行こうと思う、仕事が一段落ついた人から向かってくれ。一段落ついてないものは、少し急いで、お昼に到着するようにな、では以上宜しく。』
私を含め急ぎの仕事ではなかったので、部長の話しが終わると同時に席をたった。
そしてゾロゾロゾロゾロと会場に向かった。
その時少し、この会の主役であるツネ師匠が寂しそうな顔をしているのを見て、本当は彼は辞めたくないのではないか?と、そんな疑問が心をよぎった。






寒くなると思い出す あの人 (15)

2023-02-11 13:32:24 | 日記
我が社の営業部は直行直帰が横行していたため、朝礼や全体会議は基本なかった。その代わり何かあると上司が個別に呼び出し、激しい恫喝 ではなく、愛のムチ、熱のこもった指導を体が吹っ飛ぶほど頂き、文字通り体に染み込ませる慣習があった。(30年前の話しで今ではないですよ。)
そんな中、ツネ師匠の退職日の朝、営業部の面々は営業で外回りをすることも控え、お昼の送別会に出るため全員9時に勢揃いしていた。年度末で数字が固まってきた気安さや、お昼を会社持ちで食べられる事に関する損得勘定。そして何よりツネ師匠に最後の挨拶をしたいという思いが重なりあい、全員直行をしなかったのだ。
朝9時になるかならないかのタイミングで営業責任者である部長が大きな声を無駄に張り上げて叫んだ。
『少しみんないいかな、少し話しがあるんだ。』
営業部の従業員の視線が自分に向いているのを確認し、彼は声を張り上げた。
『知っての通りツネさんが今日で退社され、お昼に近くの中華屋で送別会を開く、社長を始め、お偉いさんも、いらっしゃるから宜しく。以上。』
近くの豪華な宴会が出来る位の大広間なスペースをとってあり、社長を始め他の部の方もいらっしゃるとのことだった。
『随分派手にするんですね。』
私が隣の席の先輩に話しかけると。
『平日の昼間から、何か飲み会みたいだね。』
とかなり嬉しそうに言った。
今日は仕事しないで良さそうだ、私は心が弾んだ。





寒くなると思い出す あの人 (14)

2023-02-09 08:50:56 | 日記
ツネ師匠と仕事が出来る最後の週になった月曜日。
私は朝、彼を見つけると、少し大きな声をかけた。
『おはようございます。今週も宜しくお願い致します。』
『よっ。』
彼も笑顔で返した。
私は少し小声でいった。
『来ましたねフジヤマ。』
彼は少しイタズラをした子供のような笑顔を無言で返した。
『後土曜ありがとうございました。』
『おぉ、しっかり楽しんだか?』
『はい、お陰様で。』
『なら良かった。今週も頼むぞ。』
彼との最後の一週間は特に何が起こると言うこともなく粛々と消化していった。
部全体で送別会は提案されたが、あまり大袈裟にしたくないとツネ師匠が断り、最終日のお昼を皆で食べて、それを送別会の代わりをすることになった。
そしていよいよツネ師匠が最後の一日になった。



寒くなると思いだす あの人 (13)

2023-02-07 05:26:56 | 日記
鶯谷の繁華街を満喫した私は、終電ギリギリの電車に駆け込み、深夜1時頃自宅についた。
そして次の日(正確に言えば当日。)お昼頃に、二日酔いの体をヨタヨタしながら、テレビをつけた。フジヤマケンザンが気になったのだ、私は昨日(正確に言えば当日。)買った競馬新聞とスボーツ夕刊紙を眺めた。フジヤマケンザンはそこそこ印はついているも、人気は若いサクラチトセオーが圧倒的だった。私も正直サクラチトセオーに勝って今後の競馬界を引っ張ってほしいと思っていた。
そんな中、中山記念の発走時間になった。
レースはフジヤマケンザンがスッと好位置をキープするレース巧者ぶりを発揮、一方人気のサクラチトセオーは、行脚がつかず、少し後ろからの競馬になつた。そして直線サクラチトセオーはものすごい勢いで追い込んでくるも、先行で抜け出すフジヤマを最後まで捉える事ができず、フジヤマがサクラチトセオー以下を押し切り、堂々の勝利となった。若いサクラがベテランのフジヤマに屈したのだ。
フジヤマのレースぶりは、正に老練なツネ師匠の仕事ぶりに私は見事に重なり合った。
(ツネ師匠と定年まで仕事をしたい、色々教えてほしい。)
私は強く思わずにはいられなかった
(競馬に興味のない方、本当に申し訳ありません。)




寒くなると思い出だす あの人 (12)

2023-02-05 08:37:50 | 日記
浅草でのツネ師匠との最後の週末デートは、ああでもないこうでもないと、その後2時間位他愛のない話しをして終わった。
店を出たのは、まだ夜8時前くらいだったか、空は真っ暗であり、風は少しヒンヤリとしていた。
『どうします、もう一軒行きますか?』
私が彼に尋ねた。
『いや、少し疲れたから、解散しょう。』
『そうですか、わかりました。』
『今までありがとうな、これで吉原でも行けよ。』
そう言うと私にすっと一万円札を3枚手渡した。
『えっ、そんな、いいですよ。』
私が慌てて拒否すると、彼は少し怖い顔になり、『いいから、出したものは引っ込めないよ、受け取れ、お前不自由しているだろ。とっとけ。』
と半ば強引に私のポケットに一万円3枚をねじ込んだ。
そして私に彼は少し寂しそうに言った。
『あと1週間あるが、今まで楽しかった、ありがとうな。お前頑張れよ。』
『はい、ありがとうございます。』
彼は私の手をギュッと強く握ると、
『じゃな。』
と私と別れ浅草の街に消えていった。
その後ろ姿が妙に寂しくて、何かツネ師匠が遠くに行ってしまう感じがした。
『来週からも宜しくお願い致します。』
私が彼に言うと、彼は半分振り返り笑顔で手を振った。
彼と別れ、彼から貰った3万を持ち、吉原ではないが、鶯谷近辺の繁華街に行き、その日のうちに使い切った。