新型コロナウイルス感染予防のため、自粛の日々・・・
でも、自家用車を走らせて、しかも目的地が山城なら・・・
屋外のうえ、現地では、ほとんど他人様とも会いません。
どうやら、そう考える「城ビト」は多いようで・・・
皆さん、あちこちで登城のご様子・・・
(・・・けど、人に会わない!ww)
さて、先日、出かけた、静岡県三島市の山中城。
小田原・北条家が築いた名城です。
(石畳は江戸時代に整備された。旧道)
何年か前に、「日本100名城」スタンプ目当てに訪ねたときは、
東海道を挟んで位置する岱崎出丸(だいさきでまる)は、
チラ見どころか、ほとんどスルーでした。
後悔、後悔・・・
歴史は大好きながら戦国時代は疎いワタシ・・・
(幕末~近現代史・好き♥)
最近、少しは、山中城の合戦についてもわかるようになっています。
・・・ということで、
いざ岱崎出丸へ!(下の画像の黄色い枠部分)
山中城は、永禄年間(1560年代)の築城ながら、
豊臣秀吉と不仲になった天正17(1589)年、
秀吉との戦に備え、増築・整備を重ねます。
障子堀や畝堀など、「後北条氏流」と呼ばれる、
土の城における技術の粋を集めた、防衛設備を、急ぎ整えたのです。
岱崎出丸もその一つでした。
けれども、それらの補強工事が途中のまま、
翌年・天正18(1590)年3月29日に、合戦は始まってしまいました。
豊臣軍4万の総攻撃を受けたのです。
対して、山中城内の北条軍は4千・・・
いくら防衛能力の高い名城といえども、
圧倒的な兵力の差は、いかんともしがたく、
わずか半日で落城したと言われています。
(すり鉢曲輪)
さて、岱崎出丸。
まず、「出丸」って、ナニ?っていう話ですが、
その名の通り、城本体、本丸だの二の丸だのから出ている曲輪のことです。
大河ドラマ「真田丸」の「真田丸」は、
大坂城から離れた位置に、真田信繁が築いた曲輪・・・
砦みたいな感じでしょうか。
(右がすり鉢曲輪、左が武者溜り)
岱崎出丸は、東海道を挟み、本丸や西の丸と向かい合っています。
小田原・北条家としては、東海道を上ってくる豊臣軍を
双方から挟み撃ちにするつもりだったのでしょう。
いく大軍とは言え、東海道の道幅は限られているので、
細く長く進軍してくるはずだと・・・
それなら、山中城方は、豊臣軍を狙い撃ちに出来ますもんね。
しかも、岱崎出丸は標高547mから557m、
富士山から駿河湾、田方平野まで一望できます。
敵の動きは、即座に見て取れたはずです。
(すり鉢曲輪から、見張り台を見る)
岱崎出丸の先端を守るのは、「すり鉢曲輪」。
真ん中をくぼませ、そこから上に向かって、なだらかに傾斜がつく・・・という
他の曲輪と違った造りになっています。
それだけ、ここが重要視されていたからでしょう。
ここに見張り台も設けられました。
見張り台の下には、堀があり、堀底から見張り台までは8mもあるだろうとのこと。
武具を着けた武者は、よじ登れないだろうとも・・・
そして、この堀が圧巻なのです。
岱崎出丸「西側の一の堀」↑として有名な、この堀。
旧街道の堀まで、なんと150mにわたり続きます。
その間に17の畝が続き、傾斜角は70度前後、
さらに、すり鉢曲輪の土塁までは18~20mの急傾斜がつくのだとか。
ここでの戦いの様子を、リアルに描いているのが
宮下英樹『センゴク権兵衛』第16巻(講談社)です。
忘れちゃならないのは、ここが関東ローム層だということ!
子どもの頃、雨あがりに滑って、洋服が泥だらけになったことがあります。
「赤土は落ちないのよ!」と、母から、きつ~く、叱られました。
・・・とにかく滑りやすい赤土なんです。
北条家の城は、堀や土塁を備えた土の城。
この関東ローム層に築いているから、防御に適しているんですね。
そのことに、関東人としては、経験上、大きくうなずけるのでありますw
岱崎出丸は、未完成のまま、合戦に臨み、
わずか半日で落城・・・
豊臣秀吉の小田原の役で、北条軍、豊臣軍、双方で
もっとも多大な犠牲者を出した戦が
この地で行われた・・・
岱崎出丸に詰めていた、北条軍は、
何日もかけ、迫り来る豊臣軍を、どんな思いで迎え撃ったのか・・・
あの日も、変わらず、富士山は見えたのだろう・・・
・・・そんなあれこれを想うと、切なくて、切なくて・・・
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・・・・・・・と、この記事を下書きに入れた昨夜。
東京都の小池知事が「新型コロナウイスル感染爆発の重大局面」ゆえ
「今週末の外出自粛を要請」。
予想はしていたものの、実際に会見を見ていたら、ジワジワと恐怖が・・・
ああ、夫も、ワタシも、東京へ向かう通勤電車に、今日も乗る・・・
オフピーク通勤したって、テレワークの人がいたって・・・
圧倒的に人は多い・・・・
万全の対策をとってはいるけれど・・・・・・
行ってまいります・・・
◆参考
○小和田哲男監修『戦国の城 攻めと守り』実業之日本社
○宮下英樹『センゴク権兵衛』第16巻 講談社
○山中城パンフレット(「100名城」スタンプと共に置いてあります)
その他、現地の説明板と共に、本日の記事は、まとめました。
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お付き合いいただき、どうもありがとうございました。
勝手ながら、ただいま、コメントはご遠慮しております。