『愛しいひとにさよならを言う』(中公文庫)で、
久しぶりに石井睦美さんの小説を読み(→「パイナップルと友情と」)
続けて、石井ワールドに浸りたくなっています。
早速読んだのが『皿と紙ひこうき』(講談社)。
2010年初版、心の中が静かになっていくような小説でした。
山間にある陶芸の集落から、麓の街にある高校へ通う由香を主人公に、
陶芸家一家の暮らし、高校での出来事や友人のことが
語られていく小説です。
一見、穏やかな暮らしながら、それぞれが抱える心の問題や悩みに
気づいた由香は、誠実に向きあいます。
その姿勢は、純粋で誠実・・・まぶしいようでした。
さて、作中、読み手の心を穏やかにするのは、
恐竜の声が大きい気がします。
闇の中で目を覚ますと聞こえるのは、なんと「恐竜の声」。
太古から続く、その声を聞きながら由香は育ちました。
恐竜の声「ぎーっ、とん。」は、臼が陶芸の土を細かくする音なのです。
一年中、休むことなく、何代も何代も前から続いてきた音・・・
それが作中、ずっと通奏低音のように響いており、
由香と同じく、読者も心静められていたのかもしれません。
さて、読みながら、すっかり由香の住む「皿山」に魅せられた私。
いったい、どこなのかしら・・・
お洒落な買い物をするときは、博多へ行くとあるから、
福岡県の陶芸の里なのかな?
気になりながら、読み進めると、
あとがきに、街は「大分県の日田」であり、
陶芸の里は「小鹿田(おんた)」と、書かれていました。
大分県・・・
2016年夏に国東半島を中心に大分県を旅しました。
失礼ながら、想像以上に素晴らしい土地で、すっかり夢中になって・・・
はしゃぎまくり!w
日田は、迷った末に、スケジュールの関係でカットしたのですが、
耶馬溪に一泊しています。
ググってみたところ小鹿田とは車で1時間ほどの距離ながら・・・
直線距離にしたら、小鹿田のほぼ真東が耶馬溪なのです。
ああ、やっぱり・・・
実は、この小説で、私がいちばん惹かれたのは、「闇」の記述なんです。
東京の女子大生・美砂ちゃんが泊まりに来て、
彼女が、いちばん感動するのは「夜の暗さ」です。
美砂ちゃんは言います。
「闇だもん。真の闇」と。
わたしが耶馬溪で泊まったお宿(オーベルジュ楓乃木)でも
夜、外を覗くと真っ暗で、目が慣れると山の稜線が、たどれましたっけ・・・
あの「真の闇」は、なかなか味わえない感動でした。
さらに美砂ちゃんは続けます。
「闇って、門構えの中に音って書くんだよね。
だからかな、夜の方がいっそう恐竜の鳴き声が響くね」と。
由香は、美砂ちゃんの発言が正しいことを知っており、
「都会育ちの美砂ちゃんをちょっぴりーーいや、大いに見直し」ます。
(209頁)
このあたりが、私自身の旅の記憶と重なり、
小説世界に、ますます惹かれたのでした。
作中、由香の先輩は、進路の選択を考えて、言いました。
「東京でわたしは磨り減ってしまう」と。
私の周りでも、地方出身の同世代が、
今になっても、東京から故郷へ戻りたいとおっしゃいます。
わたしは東京人ではありませんが、東京は身近・・・
もし、地方に住んだとしたら、別の辛さを感じることでしょう。
だから、旅人として「真の闇」に憧れる・・・
ああ、今度、「真の闇」を感じられるのは、いつなんだろう・・・
皆さんが、帰省すら我慢しておいでのときだけれど・・・
自由に移動ができないというのは、息苦しいものです・・・
◆旅(耶馬溪)の画像は2016年夏、撮影。
書影は、版元ドットコムより使わせていただいております。