清算を終え、Faxで薬局に処方箋を送信しておき、
中央大通りを挟んだ北側にある大阪歴史博物館へむかうことにします。
歴史博物館の右手に青空と日本航空の飛行機。
大阪城がくっきり見えています。
NHK大阪放送開館と大阪歴史博物館。
敷地内にはいろいろ花が咲いています。
今回の特別展「絶景!滑稽!なにわ百景!」の広告。
まず最上階へ。
そこから見える難波京跡。
エスカレーターのところから見た大阪城のお堀。
ガラスに映った大阪府警本部が邪魔ですが、大阪城。
8階の常設展の奥の特集展示室で、「タイルとおおさか」展。
タイルが日本で本格的に使われ始めた明治・大正期のころ、その呼び名は敷瓦、化粧煉瓦、貼付煉瓦とさまざまでした。そこで大正11年(1922)4月12日、東京市で全国タイル業者大会が開かれ、名称が「タイル」へと統一されます。この決定はタイルの生産を工業化して普及させるために、タイル業界にとって重大な出来事でした。そして大阪でも鉄筋コンクリート構造建築の広まりや衛生意識の向上とともに内外装材としてタイルの需要が高まり、学校や銭湯、百貨店などに使用されてゆきます。
本展示では、名称統一から100周年を迎えるこの機会に、これまでご寄贈いただいた多種多様なタイルを通じて都市おおさかの建築を紹介します。
一部の作品を除いて撮影可なので、少し撮影。
そして6階では特別展「~浮世絵師たちが描く~ 絶景!滑稽!なにわ百景」展。
江戸時代には、版画、版本、絵画と、様々な媒体で名所が描かれ、大坂もその舞台のひとつでした。葛飾かつしか北斎ほくさいは諸国名橋めいきょうのひとつとして天満橋を取り上げ、歌川広重は堂島米市や雑喉場ざこば魚市の活況を描きました。また大坂では、精密な名所絵を背景にした珍騒動を描く「滑稽」シリーズも人気を博しました。本展覧会では、それらの名所絵から、江戸時代の大坂の人びとが、日々何を眺め、何に笑い、大坂の町を歩いたのかを読み解きます。
大坂には和歌に詠まれた古くからの名所も数多くありますが、江戸時代には、いわゆる伝説や俗説をもとにした「俗名所 」が誕生し、街角のおかしなものが名所として紹介され、商都・大坂の経済を支える水運の開発と併せて新たな観光名所が生み出されました。近世、近代、そして現代を通して、名所が生み出されていくことの意味と、それを最大限に活用し楽しむ、人びとのたくましさに注目します。
入館券。
ミュージアムショップで買い物。
今から奈良まで帰ると昼食が遅くなる、
というか中性脂肪や血糖の採血・腹部エコーがあるので昼食を食べていないので、
1階のレストラン「スターアイル」でランチ。
桜エビと春野菜のスパゲティーセット。
ペペロンチーノ風になっています。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます