お昼ごはん🎵
打ち合わせの帰り道に【中華そば 北京】に寄って昼ご飯にした。
何にするかメニューを見たら、商品が全て数十円値上げされていた。
この店にも遂に値上げの波が寄せて来たようだ🥲
暑いので、大盛りざるラーメン定食を注文しました。
この大盛りはご飯のお代わりは出来ませんでした😅
お腹一杯に成りました。
ご馳走さまでした😋
ざるラーメン定食の、麺・唐揚げ・ご飯に付いては変わりなし😊
他の物も頼んで見る必要は有るが、以前と質も味も遜色無いですね。
取りあえずは良かった良かった。
1899年(明治32年)のこの日、私鉄の山陽鉄道(現:山陽本線)において、官設鉄道・京都駅~三田尻駅(現:防府駅)間の急行列車に日本で初めて食堂車が連結されて走った。
当時の食堂車は一等・二等車(現:グリーン車)の乗客専用で、メニューは洋食のみであった。当時の列車は揺れが激しく、ゆったりと食事をするというものではなかったようだが、それでも「汽車で景色を見ながら洋食を食べるなんて、モダンだ」と好評であった。食堂営業は山陽鉄道の直営の後、神戸の「自由亭ホテル」(後の「みかど」)の請負いとなった。
官営鉄道(国鉄)に食堂車が登場したのは、それから2年後の1901年(明治34年)12月15日のことで、新橋駅~神戸駅間の急行列車に食堂車が連結された。食堂は東京・築地や上野で西洋料理店を営む「精養軒」により運営された。
その後、1906年(明治39年)4月1日に新橋駅~神戸駅間の三等急行列車に和食堂車が初登場し、誰でも食堂車を利用できるようになった。日常の生活習慣などを考慮してメニューは和食が主体であったが、一般に普及している洋食も提供された。