紋次郎と日々の出来事

骨肉腫と闘った紋次郎と保護犬の正次郎との日々

忘れない為に31

2008年08月20日 21時40分03秒 | 父のこと
このころには胸に刺したチューブからかなりの量の肺水が出ていました。
これを見たらお父さん、泣くだろうな~っと思いつつ、このチューブが延命を可能にしているんだっと言うこともわかりました。

家に帰り、各自それぞれ緊急連絡の再確認をしました。帰りがけ、ドカベン先生に再度、覚悟をするようにっと言われたからです。

なぜか、こう、実感がなかった気がします。落ち着いているというより夢を見ているよう。さめる事のない現実の夢。今も普通にお父さんは入院しているだけだろうと。何かが違うのはわかっているけどなぜか実感がなかったです

眠りについても普通に眠れましたが・・・その日は朝5時に目覚め、icuの部屋を思い、お父さんはicuのどこを見ているんだろうか?今、どう思っているのだろうか・・・っといろいろ、お父さんがいつも寝ていた場所に寝て考えていました。

当日の朝の2月14日は私が会社に行き、姉が会社を休み母と病室に行く予定でした



写真は・・・晩年、お父さんはあまり動けなくなりました。寝たきりとかではなく、ちょっと動くと咳が止まらなくなったり、だるくなってしまっていました。
普通の生活は大丈夫ですが、病気になってからは少しでも家族の役に立とうと思っていたようで、草むしりとかをしてくれていましたが、それが出来なくなり、母に謝っていたほどでした。
その中で、座ってでも出来る、洗濯時に洗濯物をとめる洗濯ばさみをそれはそれは沢山作ってくれていました。
洗濯ばさみに紐を通すだけのことですが、なかなか作る時間をとることが出来ません。それをお父さんは本当に沢山作ってくれていました。
少しでも家族の役に立つようにっと思って作っていたのでしょう。
その気持ちにまた号泣です
使われる前にこっそり一個持って帰りました。

私の宝物のひとつです