重複回避また記録として、訪問したら記録するページ(7)。
記録優先!随時追記あり。
京都は★、奈良は●、その他は■
2014年
<1月>
2日
京都へ初詣。
★護王神社・上賀茂神社・禅居庵
4日
出勤前に地元での初詣。
■生田神社
12日
京の冬の旅シリーズの3寺を回り、たまったスタンプで今年も雲龍
をいただいた。その前に下鴨さんにお詣りを!
★下鴨神社
初詣
★阿弥陀寺 織田信長公本廟所(京の冬の旅~織田信長木像・位牌・
信長使用の手槍など。本廟には信長・信忠父子墓、森蘭丸ほか家臣
の供養塔、開山の清玉上人の像)
本能寺の変の際、清玉上人は本能寺に駆け付け、供養するのが私の
勤め、皆さんは戦ってください、と伝えて信長の遺骸を寺に運び、
本能寺・二条城で討死した織田家中百余名と共に供養・埋葬した。
信長の弓掛や鞍覆、手槍先等を公開。本能寺・二条城討死衆合同
位牌も。
★報恩寺(京の冬の旅~「鳴虎図」複製・織田信長や豊臣秀吉の
肖像画、伝快慶作の本尊・阿弥陀三尊像など)
武将・黒田長政の宿舎となった寺院で、通称「鳴虎」で知られる。
寅の年のお正月三が日には本物の「鳴虎図」ほか、寺宝約50点が
公開される。京都国立博物館に委託中の寺宝のうち数点の写真が
パネル展示されている。客殿は黒田長政が息を引き取ったとされる
「最期の部屋」になっている。
★妙顕寺(京の冬の旅~「光琳曲水の庭」「龍華飛翔の庭」孟宗竹
の坪庭と三つの趣の異なる庭、伝・日像上人書写『細字法華経』、
尾形光琳筆「寿老松竹梅三幅対」、重文の後醍醐天皇綸旨)
京都初の日蓮宗道場、尾形光琳ゆかりの寺。本堂には仏像が立体
曼荼羅として安置されており、その中に綿帽子を被った日像上人
もおられる。本堂の天井画は元は狩野派による龍の絵だったらし
いが、現在は信徒の家紋をあしらったものになっている。
元気が出た。夜は仕事のつづき~。
<2月>
9日
■慈眼寺 野崎観音(大阪)
(寺宝 狩野探信筆「釈迦涅槃図絵」開帳 2/1~2/末)
野崎駅から慈眼寺に向かう参道の途中、赤い橋がかかっており
「きゅうさくばし」と書かれていた。新版歌祭文の野崎村の段
に出てくる久松の父親、百姓久作のことだ。お染久松のために
身を引いたおみつが乗る舟をここから見送ったのだろうか。
(境内にはお染久松之塚がある。)
女殺油地獄には野崎詣りに舟で乗りつける参拝客の様子が描か
れているが、この川のことなのか。
慈眼寺では読経の声が響くなか、静かに本堂にあがって涅槃図
絵を見せていただいた。お釈迦様の入滅に集まって来た人々や
動物たちの様子が丁寧に描かれている。
敷地内の高台に眺望の開けた場所があり、梅田方面や神戸方面
が確認できた。
■南條神社
シゴトの前に行ってきたが、いい気分転換になった。
23日
■斑鳩寺(講堂の木造釈迦如来坐像、木造薬師如来坐像、木造
如意輪観音坐像。重要文化財)
兵庫県揖保郡太子町にある寺。TV見仏記「播州姫路編」で知り、
さっそく拝観。1年に2日間、2月の「太子春会式」にだけ秘仏の
三尊がご開帳になるとのこと。その22・23日が土日だった。
ちなみに、この日はお寺のお祭で、縁日の屋台がいっぱい出て
いて、お寺近くの食堂で昼食をっとってから参道に入ってみる
と、まるで寅さんの世界。絵に描いたような昭和のにおいがす
る風景が広がっていて懐かしさに頬がゆるみっぱなし。
たいしくんという、ゆるキャラもいる!
通常の寺院拝観と違って、祭の賑わいの音や声を聞きながらの
拝観だったせいか、とてもハッピーな気分になった。
釈迦如来坐像、薬師如来坐像、如意輪観音坐像は三体とも大き
いし、鎌倉時代の仏像にしてはお顔が独特。飛鳥時代の模古作
というのだそう。ほかに太子のめずらしい像もあった。
楽しい拝観後、やっぱりシゴトのため事務所へ。
<3月>
2日
★梅宮大社(うめのみやたいしゃ)
奈良時代の政治家、立花諸兄の母、懸犬養橘三千代(あがたの
いぬかいのたちばなのみちよ)が橘氏の氏神として現在の綴喜郡に
創建したのが始まり。平安時代の初めに嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子
(檀林皇后)によって現在の地(京都市右京区)に移された。
梅の名所とのことだったが、神苑(入苑料500円)の早咲きの梅
はあまり咲いていないし、数も少なかった。
この日は「梅産まつり」で自家製の梅ジュースが無料で振る舞わ
れていた。梅酒に漬けた(?)梅の実が美味しかった。
梅の絵馬が可愛い。
★妙心寺聖澤院(京の冬の旅~妙心寺四派の一つ聖澤派の本庵)
方丈の襖絵は片山尚景筆の「獅子図」、墨で描かれたもこもこっ
とした獅子が4頭?7頭?だっけ、あちこちに登場して、それが
また可愛い!
奥にある書院「一の間」には狩野典信筆になる「麒麟図」。
部屋間を移動する間に見える坪庭の見え方も楽しかった。
23日
御影界隈を散歩(神戸)
■若宮八幡宮神社
■弓弦羽神社
<4月>
6日 寒かった~!!
4月5日までは寺社巡りの後に必ず仕事がセットになっていたが、
久々に散策・拝観だけの平和な日だった。だけど急にあったかく
なったせいで桜の見頃が過ぎていて、お花見には遅かったようだ。
★醍醐寺 桜はかなり散っていた。
霊宝館の展示替えは一部だけなので今回は見るのをやめた。館の前に
あったポスターによれば、7/19~9/15「国宝 醍醐寺のすべて-
密教のほとけと聖教」が奈良国立博物館で開催される。こちらに期待♪
★本満寺 去年は3月30日に行って感激した桜。今年は見事パーフェ
クトに散り終えた後だった~。
帰りに円山公園にも寄ってみたら屋台がいっぱい出ていてビックリ。
その中の一つが桜の木を傷つける建て方をしており嫌悪感でいっぱ
いになった。
13日
★仁和寺(おむろ桜)
TV情報により週末見頃の桜情報を入手。お花見リベンジ!
そういえば仁和寺へは行くたびに花のない「おむろ桜」の木だけ
を見ており、一度見てみたいと思っていた。
通常は出ていない場所に拝観窓口ができていたのでビックリ!
寺院拝観というよりお花見チケットだった。
初めて見る「おむろ桜」の品種は有明。白っぽいピンクの丸い
シルエットの花で、低い目線で間近に見られるのがうれしい。
両側に桜を見ながら渡ってゆく通路は長蛇の列。それでも花越し
に五重塔が見えるのは、ここにしかない風景だった。
近くでうこん桜も咲いていた。
★六孫王神社(うこん桜、染井吉野)
東寺の北門の近く。神仏分離で神社のほうだけ残ったようで、
JRの線路で唐突に分断されたような場所だった。
19日
●法隆寺夢殿(救世観音菩薩立像)
前回まとめて伽藍の仏像を拝観したとき、夢殿は閉まっていた。
ご開帳期間が決まっているのだ。今回は調べていった。はじめて
の拝観だ。例によって網戸の間からアングルを変えながらじっく
り見せていただく。最大の特徴はあのスマイル。百済観音とも
夢違観音とも違う、安心感を与えてくださる笑顔。
今回はこれだけでじゅうぶんだと思った。
一度間近で網戸のない形で拝見してみたい。
●中宮寺(アルカイックスマイルの如意輪観音菩薩坐像)
当初は飾りも彩色も施されていたが、歳月を経るうちにいまの
ような漆黒のお姿になったとのこと。
有名すぎる仏像。独特の笑みを湛えたお顔にやすらぎを感じる。
解説のテープが流れるのを3回ぐらい聞きながら間近でじっくり
拝観することができた。
●吉田寺(平安時代の丈六阿弥陀如来坐像)
ぽっくり往生の寺。きちでんじ、と読む。
藤原時代の仏像だというのに金色部分がよく残っていて驚いた。
千体仏の光背も大きくてきれいだった。
室町時代の多宝塔は重要文化財。
●龍田神社と龍田の町並み
街道らしい町並みの名残りがところどころに見られる。
龍田神社には能の金剛流発祥の地の碑があった。
26日
★京都国立博物館「南山城の古寺巡礼」
ブログに
博物館ではあるけれど私にとっては古寺散策と同じ。去年と一昨年
こつこつと地道に足を運んで拝観した魅惑のほとけさまたちに再会
できるので胸がキュンキュンした。
でも、こんなふうに直接行けない人たちもいっぱいいるしね。
特にこの地域の寺院は散在しているうえに、公開期間が限定され
たり、事前予約が必要だったりするところがほとんど。
あ~あ、全部まとめて見られたらいいのに~! と誰かがつぶやい
たのかどうか(笑)。「南山城の古寺巡礼」は仏像大好きなみな
の一致した熱い想いが叶えられたような展覧会。実際、陳列品を
みながら現地の情景が浮かんでくるのは至福のひとときだった。
一番のボリュームは海住山寺。五重塔の中に入れるのは現地じゃ
ないとだめだし、車でも徒歩でも大変なあのアプローチがあって
こそのお寺だと思うけれど、特別拝観でも見られないものも幾つ
かあった。さらに現光寺の観音さまは、海住山寺の住職さんに事
前にお願いして特別に見せてもらわないといけない貴重なもの。
去年は同志(笑)のおかげで便乗させて頂いたうえ、写真まで購
入したのだけれど、あの美しいお姿にこうして再会できるのは本
当にありがたい。
浄瑠璃寺の多聞天(毘沙門天)は東京に出張の身なので、今回の
展示でようやく拝見できた。形といい、表情、彩色、どれをとっ
ても素晴しい。さすが国宝。足元の邪鬼の顔がなんともいえない
表情で笑ってしまう。てことは、この邪鬼も国宝なのだ!
寿宝寺の千手観音さまは、現地では照明の切り替えによって昼の
顔と夜の顔を見せていただける。博物館で見られるのは伏し目が
ちで優しい夜の表情。昼の顔は目が開いて唇もより赤く見える。
ポスターにもなっている禅定寺の観音さまはやっぱり大きかった。
が、博物館という容れ物に合わせて一段高いところにおられる。
思うに、こちらの観音さまのよさはやはり坂を登った先にある参
道をゆっくり歩いて拝観してこそ。こんな奥にこんなほとけさま
が~!そして、大きな観音さまと真近でご対面できたという、あ
の大きな感動、安心感はいまも忘れられない。
一番びっくりしたのは神童寺の日光・月光の両菩薩さま。不動明
王も。どれも修復前の状態で拝観していたので、修復後の姿を見
て、まさにヘンシン!だと思った。いずれも重要文化財なのだ!
この展覧会を機にきちんとした形で修復が進むのも、展覧会の大
きな意義だと思う。修復前と後の両方を見られたことがラッキー。
笠置寺は、巨大な磨崖仏はもちろん写真だけ。現地では、扉を閉
ざした毘沙門堂の前で手を合わせたけれど、その毘沙門天さまに
初めて会えたのはよかった。笠置寺は東大寺のお水取り発祥の地。
解脱上人さまの資料をあらためて眺めることができるのは博物館
の利点に違いない。(解脱上人の資料は海住山寺のほうだった。)
今回初めて見たお地蔵さまがあった。次はぜひ現地で、お寺のお
堂で再会したい。白洲正子さんもそんなふうにされていた。
今回は、国宝である観音寺の十一面観音菩薩さまはこられていな
いようで、写真だけだった。こちらもきっと遠い道のりを訪ねて
いってこそ価値がある、ということなのだ。
一番いいのは現地で地形・風土を見たうえで、博物館でしか見ら
れないもの、博物館ならではの展示方法で客観的に見ること。
今回はその両方ができてワタシ的に満足度の高い展覧会だった。
<5月>
3日
■狛坂磨崖仏と金勝寺
白洲正子さんの「かくれ里」を参考にしたハイキング。
詳細はブログに。
4日
★本隆寺
11日
★平等院(修復後の鳳凰堂。建物は鳳凰になぞらえて造られており、
尻尾にあたる部分は現在も修復進行中。鳳凰堂への拝観は別途受付
=300円に変わっていて、決められた時間に集合し、10分ほどのガ
イド付きツアーとなる。この日は約2時間待ち。なお、ミュージア
ムの鳳翔館、他の建物の見学は通常の拝観料に含まれる。)
平等院は3回目ぐらい。外観の赤の部分は思いのほか落ち着いた色。
池も含めたこの風景が極楽浄土だと言われると、当時の人ならナル
ホドと信じたのはわかる。屋根の上の新しい鳳凰も宝珠も金ピカだ。
待ち時間の間に他はすべて拝観・見学完了。
ミュージアムで予習した鳳凰堂内部壁画の再現やCG再現映像のおか
げで理解度が深まっており、本物の鳳凰堂に入った時に補って見る
ことができた。国宝の阿弥陀如来坐像は定朝作。他に「定朝様式」の
阿弥陀像はあまたあるけれど、定朝の作と断言できるのは日本にこの
一体のみだそう。見上げるほど大きな阿弥陀仏は光背もふくめ、や
はりよくできている。夢でもみているような目はやはり阿弥陀さま。
背後上部にかかっている雲中供養菩薩はやはり見事。最初に見た時
は後ろに回ってもっと間近で見られたと思う。だから、この独特の
世界観に圧倒され、阿弥陀さまのまわりに楽しげに浮いているたく
さんの雲中菩薩のことがいっぺんに好きになった。
説明によれば、現在壁にかけられた52体のうち半分はレプリカ。本物
はミュージアムで常時、間近で見られるようになっている。今回あら
ためてミュージアムでじっくり眺めたが、レリーフではなく全部がき
ちんとした姿で造られ、手に楽器を持ったり、印を結んでいたり、さ
まざまな姿がある。すべて阿弥陀さまと同じ工房で造られたとされ、
その緻密なつくりも表情やポーズも本当にスバラシイ!
すっかり堪能した後はスイーツでも・・・と中村藤吉さんに寄ってみ
たが、案の定待ち人多し!今回も上林さんへ。
18日
西宮を散策。甲東園→関学→甲山森林公園→神呪寺→北山貯水池→
北山公園→柏堂→越木岩神社→苦楽園→夙川
最後は菓一條でモンブランケーキセット。美味しかった~♪
■神呪寺(秘仏の如意輪観音さまの1年に一度のご開帳の日。
如意輪観音坐像・重要文化財、弘法大師坐像・重要文化財、不動明王坐像
・重要文化財、聖観音立・重要文化財。4体すべて明治37年2月18日に
国宝指定。制度改正により昭和25年、重要文化財となる。)
5月18日は融通観音大祭。室生寺、観心寺とともに「日本三如意輪」の
ひとつとされるご本尊の一年に一度のご開帳の日。朝6時から夜6時まで、
しかも無料で拝観できることにびっくり!
ここでは、甲山大師とは弘法大師、融通観音とは如意輪観音さまのこと。
如意輪観音さまは像の高さ98.7cnの坐像、桜材寄せ木造り彩色。
間近でひとめ見ていいなあと思った。触らずとも伝わってくる木のすべ
すべした質感、片方の足は伸ばさず、立てず、右を上にしてゆる~く
組んだ足の形。右手を右頬にあて、目をつむってまるで夢みているような
ここちよさげなお顔。ふくよかな頬の輪郭。見ているだけで気持ちよく、
なぜかうれしくなってくるような、そんな姿。
説明を読むと、830年、弘法大師が開祖如意尼の姿をそのまま写して刻ん
だものだという。いただいた冊子を読むと、行間に何か大切なことが隠
されている気がしてならない。
開祖如意尼って誰? 淳和天皇のお妃がなぜ夫が生きている間に尼になっ
たのか? 出家して数年後に天皇が行幸で立ち寄った?
気になってネット検索すると、さらに世界が広がっていき、帰ってこれ
なくなりそうな話がつぎつぎと(笑)。
妄想は入れずに、出来事だけを手短にまとめると、如意尼は真井御前と
いい、淳和天皇に見初められ後宮に入るも馴染まず、甲山へ。
弘法大師空海を導師に迎えて満3年の修業を経て、831年、本堂落慶。
大師より剃髪を受け、如意尼という僧名を授かったとのこと。
~前後して亡くなった弘法大師と如意尼。そして、あとに残ったのは
如意尼そっくりに写した観音さまの像。
まあ、皇后や天皇を写して刻んだとされる仏さまは他にもありますが。
(羽賀寺の十一面観音さまは、行基が女帝・元正天皇の御影を刻んだもの、
法華寺の十一面観音さまは光明皇后の姿を刻んだものとされる、等。)
その姿、お顔がなんともいえず素敵で、ついドラマ性を感じてしまった
のでした。
■越木岩神社
自宅が近かった頃はときどき来ていたのに、久々に訪れて境内から岩の
周りからグルグルぐるぐる歩いてみると、忘れていたことやまだまだ知ら
ないところがあり再発見、という感じ。
懐かしかった~!
24日
●東大寺法華堂(本尊不空羂索観音菩薩、梵天、帝釈天、金剛力士2体、
四天王)
不空羂索観音さま、梵天、帝釈天、金剛力士、四天王を一堂に拝観。
秘仏の執金剛神立像だけは毎年12月16日と決まっており、断念。
お堂の中に入り間近で不空羂索観音菩薩さまを見上げると、やはりすごい
迫力。本当に力を感じることができる。脇にはふくよかな梵天と帝釈天。
奈良国立博物館に出陳されていたときにデカイ!と感じた金剛力士2体も
この観音さまのお側では前ほど大きさを感じない。いや、でも素晴しい、
この全体から受ける感じが素晴しい。
なお、もと法華堂に安置されていた日光・月光菩薩、弁財天、吉祥天、
地蔵菩薩、不動明王の6躰は現在、東大寺ミュージアムに安置。ミュージ
アムができたためもう以前の配置ですべての仏像を拝観できることはない
らしい。前の形で拝観したかった、と言うと、前の配置での写真を見せて
くださった。それは私にとっては一部の隙もない完全な配置に見えた。
ただ、その配置もオリジナルではなく、長い時間の中で客仏として迎えら
れたものもあったそうで、むしろ今のほうがオリジナルに近い、というよ
うなお話だった。そうだったのか。仏さまもギッシリ並べられてもしかし
たら息苦しかったのかも。これからはどうぞゆったりしてくださいね~。
●二月堂
●福智院(地蔵菩薩)
<6月>
15日
■六甲八幡神社
記録優先!随時追記あり。
京都は★、奈良は●、その他は■
2014年
<1月>
2日
京都へ初詣。
★護王神社・上賀茂神社・禅居庵
4日
出勤前に地元での初詣。
■生田神社
12日
京の冬の旅シリーズの3寺を回り、たまったスタンプで今年も雲龍
をいただいた。その前に下鴨さんにお詣りを!
★下鴨神社
初詣
★阿弥陀寺 織田信長公本廟所(京の冬の旅~織田信長木像・位牌・
信長使用の手槍など。本廟には信長・信忠父子墓、森蘭丸ほか家臣
の供養塔、開山の清玉上人の像)
本能寺の変の際、清玉上人は本能寺に駆け付け、供養するのが私の
勤め、皆さんは戦ってください、と伝えて信長の遺骸を寺に運び、
本能寺・二条城で討死した織田家中百余名と共に供養・埋葬した。
信長の弓掛や鞍覆、手槍先等を公開。本能寺・二条城討死衆合同
位牌も。
★報恩寺(京の冬の旅~「鳴虎図」複製・織田信長や豊臣秀吉の
肖像画、伝快慶作の本尊・阿弥陀三尊像など)
武将・黒田長政の宿舎となった寺院で、通称「鳴虎」で知られる。
寅の年のお正月三が日には本物の「鳴虎図」ほか、寺宝約50点が
公開される。京都国立博物館に委託中の寺宝のうち数点の写真が
パネル展示されている。客殿は黒田長政が息を引き取ったとされる
「最期の部屋」になっている。
★妙顕寺(京の冬の旅~「光琳曲水の庭」「龍華飛翔の庭」孟宗竹
の坪庭と三つの趣の異なる庭、伝・日像上人書写『細字法華経』、
尾形光琳筆「寿老松竹梅三幅対」、重文の後醍醐天皇綸旨)
京都初の日蓮宗道場、尾形光琳ゆかりの寺。本堂には仏像が立体
曼荼羅として安置されており、その中に綿帽子を被った日像上人
もおられる。本堂の天井画は元は狩野派による龍の絵だったらし
いが、現在は信徒の家紋をあしらったものになっている。
元気が出た。夜は仕事のつづき~。
<2月>
9日
■慈眼寺 野崎観音(大阪)
(寺宝 狩野探信筆「釈迦涅槃図絵」開帳 2/1~2/末)
野崎駅から慈眼寺に向かう参道の途中、赤い橋がかかっており
「きゅうさくばし」と書かれていた。新版歌祭文の野崎村の段
に出てくる久松の父親、百姓久作のことだ。お染久松のために
身を引いたおみつが乗る舟をここから見送ったのだろうか。
(境内にはお染久松之塚がある。)
女殺油地獄には野崎詣りに舟で乗りつける参拝客の様子が描か
れているが、この川のことなのか。
慈眼寺では読経の声が響くなか、静かに本堂にあがって涅槃図
絵を見せていただいた。お釈迦様の入滅に集まって来た人々や
動物たちの様子が丁寧に描かれている。
敷地内の高台に眺望の開けた場所があり、梅田方面や神戸方面
が確認できた。
■南條神社
シゴトの前に行ってきたが、いい気分転換になった。
23日
■斑鳩寺(講堂の木造釈迦如来坐像、木造薬師如来坐像、木造
如意輪観音坐像。重要文化財)
兵庫県揖保郡太子町にある寺。TV見仏記「播州姫路編」で知り、
さっそく拝観。1年に2日間、2月の「太子春会式」にだけ秘仏の
三尊がご開帳になるとのこと。その22・23日が土日だった。
ちなみに、この日はお寺のお祭で、縁日の屋台がいっぱい出て
いて、お寺近くの食堂で昼食をっとってから参道に入ってみる
と、まるで寅さんの世界。絵に描いたような昭和のにおいがす
る風景が広がっていて懐かしさに頬がゆるみっぱなし。
たいしくんという、ゆるキャラもいる!
通常の寺院拝観と違って、祭の賑わいの音や声を聞きながらの
拝観だったせいか、とてもハッピーな気分になった。
釈迦如来坐像、薬師如来坐像、如意輪観音坐像は三体とも大き
いし、鎌倉時代の仏像にしてはお顔が独特。飛鳥時代の模古作
というのだそう。ほかに太子のめずらしい像もあった。
楽しい拝観後、やっぱりシゴトのため事務所へ。
<3月>
2日
★梅宮大社(うめのみやたいしゃ)
奈良時代の政治家、立花諸兄の母、懸犬養橘三千代(あがたの
いぬかいのたちばなのみちよ)が橘氏の氏神として現在の綴喜郡に
創建したのが始まり。平安時代の初めに嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子
(檀林皇后)によって現在の地(京都市右京区)に移された。
梅の名所とのことだったが、神苑(入苑料500円)の早咲きの梅
はあまり咲いていないし、数も少なかった。
この日は「梅産まつり」で自家製の梅ジュースが無料で振る舞わ
れていた。梅酒に漬けた(?)梅の実が美味しかった。
梅の絵馬が可愛い。
★妙心寺聖澤院(京の冬の旅~妙心寺四派の一つ聖澤派の本庵)
方丈の襖絵は片山尚景筆の「獅子図」、墨で描かれたもこもこっ
とした獅子が4頭?7頭?だっけ、あちこちに登場して、それが
また可愛い!
奥にある書院「一の間」には狩野典信筆になる「麒麟図」。
部屋間を移動する間に見える坪庭の見え方も楽しかった。
23日
御影界隈を散歩(神戸)
■若宮八幡宮神社
■弓弦羽神社
<4月>
6日 寒かった~!!
4月5日までは寺社巡りの後に必ず仕事がセットになっていたが、
久々に散策・拝観だけの平和な日だった。だけど急にあったかく
なったせいで桜の見頃が過ぎていて、お花見には遅かったようだ。
★醍醐寺 桜はかなり散っていた。
霊宝館の展示替えは一部だけなので今回は見るのをやめた。館の前に
あったポスターによれば、7/19~9/15「国宝 醍醐寺のすべて-
密教のほとけと聖教」が奈良国立博物館で開催される。こちらに期待♪
★本満寺 去年は3月30日に行って感激した桜。今年は見事パーフェ
クトに散り終えた後だった~。
帰りに円山公園にも寄ってみたら屋台がいっぱい出ていてビックリ。
その中の一つが桜の木を傷つける建て方をしており嫌悪感でいっぱ
いになった。
13日
★仁和寺(おむろ桜)
TV情報により週末見頃の桜情報を入手。お花見リベンジ!
そういえば仁和寺へは行くたびに花のない「おむろ桜」の木だけ
を見ており、一度見てみたいと思っていた。
通常は出ていない場所に拝観窓口ができていたのでビックリ!
寺院拝観というよりお花見チケットだった。
初めて見る「おむろ桜」の品種は有明。白っぽいピンクの丸い
シルエットの花で、低い目線で間近に見られるのがうれしい。
両側に桜を見ながら渡ってゆく通路は長蛇の列。それでも花越し
に五重塔が見えるのは、ここにしかない風景だった。
近くでうこん桜も咲いていた。
★六孫王神社(うこん桜、染井吉野)
東寺の北門の近く。神仏分離で神社のほうだけ残ったようで、
JRの線路で唐突に分断されたような場所だった。
19日
●法隆寺夢殿(救世観音菩薩立像)
前回まとめて伽藍の仏像を拝観したとき、夢殿は閉まっていた。
ご開帳期間が決まっているのだ。今回は調べていった。はじめて
の拝観だ。例によって網戸の間からアングルを変えながらじっく
り見せていただく。最大の特徴はあのスマイル。百済観音とも
夢違観音とも違う、安心感を与えてくださる笑顔。
今回はこれだけでじゅうぶんだと思った。
一度間近で網戸のない形で拝見してみたい。
●中宮寺(アルカイックスマイルの如意輪観音菩薩坐像)
当初は飾りも彩色も施されていたが、歳月を経るうちにいまの
ような漆黒のお姿になったとのこと。
有名すぎる仏像。独特の笑みを湛えたお顔にやすらぎを感じる。
解説のテープが流れるのを3回ぐらい聞きながら間近でじっくり
拝観することができた。
●吉田寺(平安時代の丈六阿弥陀如来坐像)
ぽっくり往生の寺。きちでんじ、と読む。
藤原時代の仏像だというのに金色部分がよく残っていて驚いた。
千体仏の光背も大きくてきれいだった。
室町時代の多宝塔は重要文化財。
●龍田神社と龍田の町並み
街道らしい町並みの名残りがところどころに見られる。
龍田神社には能の金剛流発祥の地の碑があった。
26日
★京都国立博物館「南山城の古寺巡礼」
ブログに
博物館ではあるけれど私にとっては古寺散策と同じ。去年と一昨年
こつこつと地道に足を運んで拝観した魅惑のほとけさまたちに再会
できるので胸がキュンキュンした。
でも、こんなふうに直接行けない人たちもいっぱいいるしね。
特にこの地域の寺院は散在しているうえに、公開期間が限定され
たり、事前予約が必要だったりするところがほとんど。
あ~あ、全部まとめて見られたらいいのに~! と誰かがつぶやい
たのかどうか(笑)。「南山城の古寺巡礼」は仏像大好きなみな
の一致した熱い想いが叶えられたような展覧会。実際、陳列品を
みながら現地の情景が浮かんでくるのは至福のひとときだった。
一番のボリュームは海住山寺。五重塔の中に入れるのは現地じゃ
ないとだめだし、車でも徒歩でも大変なあのアプローチがあって
こそのお寺だと思うけれど、特別拝観でも見られないものも幾つ
かあった。さらに現光寺の観音さまは、海住山寺の住職さんに事
前にお願いして特別に見せてもらわないといけない貴重なもの。
去年は同志(笑)のおかげで便乗させて頂いたうえ、写真まで購
入したのだけれど、あの美しいお姿にこうして再会できるのは本
当にありがたい。
浄瑠璃寺の多聞天(毘沙門天)は東京に出張の身なので、今回の
展示でようやく拝見できた。形といい、表情、彩色、どれをとっ
ても素晴しい。さすが国宝。足元の邪鬼の顔がなんともいえない
表情で笑ってしまう。てことは、この邪鬼も国宝なのだ!
寿宝寺の千手観音さまは、現地では照明の切り替えによって昼の
顔と夜の顔を見せていただける。博物館で見られるのは伏し目が
ちで優しい夜の表情。昼の顔は目が開いて唇もより赤く見える。
ポスターにもなっている禅定寺の観音さまはやっぱり大きかった。
が、博物館という容れ物に合わせて一段高いところにおられる。
思うに、こちらの観音さまのよさはやはり坂を登った先にある参
道をゆっくり歩いて拝観してこそ。こんな奥にこんなほとけさま
が~!そして、大きな観音さまと真近でご対面できたという、あ
の大きな感動、安心感はいまも忘れられない。
一番びっくりしたのは神童寺の日光・月光の両菩薩さま。不動明
王も。どれも修復前の状態で拝観していたので、修復後の姿を見
て、まさにヘンシン!だと思った。いずれも重要文化財なのだ!
この展覧会を機にきちんとした形で修復が進むのも、展覧会の大
きな意義だと思う。修復前と後の両方を見られたことがラッキー。
笠置寺は、巨大な磨崖仏はもちろん写真だけ。現地では、扉を閉
ざした毘沙門堂の前で手を合わせたけれど、その毘沙門天さまに
初めて会えたのはよかった。笠置寺は東大寺のお水取り発祥の地。
解脱上人さまの資料をあらためて眺めることができるのは博物館
の利点に違いない。(解脱上人の資料は海住山寺のほうだった。)
今回初めて見たお地蔵さまがあった。次はぜひ現地で、お寺のお
堂で再会したい。白洲正子さんもそんなふうにされていた。
今回は、国宝である観音寺の十一面観音菩薩さまはこられていな
いようで、写真だけだった。こちらもきっと遠い道のりを訪ねて
いってこそ価値がある、ということなのだ。
一番いいのは現地で地形・風土を見たうえで、博物館でしか見ら
れないもの、博物館ならではの展示方法で客観的に見ること。
今回はその両方ができてワタシ的に満足度の高い展覧会だった。
<5月>
3日
■狛坂磨崖仏と金勝寺
白洲正子さんの「かくれ里」を参考にしたハイキング。
詳細はブログに。
4日
★本隆寺
11日
★平等院(修復後の鳳凰堂。建物は鳳凰になぞらえて造られており、
尻尾にあたる部分は現在も修復進行中。鳳凰堂への拝観は別途受付
=300円に変わっていて、決められた時間に集合し、10分ほどのガ
イド付きツアーとなる。この日は約2時間待ち。なお、ミュージア
ムの鳳翔館、他の建物の見学は通常の拝観料に含まれる。)
平等院は3回目ぐらい。外観の赤の部分は思いのほか落ち着いた色。
池も含めたこの風景が極楽浄土だと言われると、当時の人ならナル
ホドと信じたのはわかる。屋根の上の新しい鳳凰も宝珠も金ピカだ。
待ち時間の間に他はすべて拝観・見学完了。
ミュージアムで予習した鳳凰堂内部壁画の再現やCG再現映像のおか
げで理解度が深まっており、本物の鳳凰堂に入った時に補って見る
ことができた。国宝の阿弥陀如来坐像は定朝作。他に「定朝様式」の
阿弥陀像はあまたあるけれど、定朝の作と断言できるのは日本にこの
一体のみだそう。見上げるほど大きな阿弥陀仏は光背もふくめ、や
はりよくできている。夢でもみているような目はやはり阿弥陀さま。
背後上部にかかっている雲中供養菩薩はやはり見事。最初に見た時
は後ろに回ってもっと間近で見られたと思う。だから、この独特の
世界観に圧倒され、阿弥陀さまのまわりに楽しげに浮いているたく
さんの雲中菩薩のことがいっぺんに好きになった。
説明によれば、現在壁にかけられた52体のうち半分はレプリカ。本物
はミュージアムで常時、間近で見られるようになっている。今回あら
ためてミュージアムでじっくり眺めたが、レリーフではなく全部がき
ちんとした姿で造られ、手に楽器を持ったり、印を結んでいたり、さ
まざまな姿がある。すべて阿弥陀さまと同じ工房で造られたとされ、
その緻密なつくりも表情やポーズも本当にスバラシイ!
すっかり堪能した後はスイーツでも・・・と中村藤吉さんに寄ってみ
たが、案の定待ち人多し!今回も上林さんへ。
18日
西宮を散策。甲東園→関学→甲山森林公園→神呪寺→北山貯水池→
北山公園→柏堂→越木岩神社→苦楽園→夙川
最後は菓一條でモンブランケーキセット。美味しかった~♪
■神呪寺(秘仏の如意輪観音さまの1年に一度のご開帳の日。
如意輪観音坐像・重要文化財、弘法大師坐像・重要文化財、不動明王坐像
・重要文化財、聖観音立・重要文化財。4体すべて明治37年2月18日に
国宝指定。制度改正により昭和25年、重要文化財となる。)
5月18日は融通観音大祭。室生寺、観心寺とともに「日本三如意輪」の
ひとつとされるご本尊の一年に一度のご開帳の日。朝6時から夜6時まで、
しかも無料で拝観できることにびっくり!
ここでは、甲山大師とは弘法大師、融通観音とは如意輪観音さまのこと。
如意輪観音さまは像の高さ98.7cnの坐像、桜材寄せ木造り彩色。
間近でひとめ見ていいなあと思った。触らずとも伝わってくる木のすべ
すべした質感、片方の足は伸ばさず、立てず、右を上にしてゆる~く
組んだ足の形。右手を右頬にあて、目をつむってまるで夢みているような
ここちよさげなお顔。ふくよかな頬の輪郭。見ているだけで気持ちよく、
なぜかうれしくなってくるような、そんな姿。
説明を読むと、830年、弘法大師が開祖如意尼の姿をそのまま写して刻ん
だものだという。いただいた冊子を読むと、行間に何か大切なことが隠
されている気がしてならない。
開祖如意尼って誰? 淳和天皇のお妃がなぜ夫が生きている間に尼になっ
たのか? 出家して数年後に天皇が行幸で立ち寄った?
気になってネット検索すると、さらに世界が広がっていき、帰ってこれ
なくなりそうな話がつぎつぎと(笑)。
妄想は入れずに、出来事だけを手短にまとめると、如意尼は真井御前と
いい、淳和天皇に見初められ後宮に入るも馴染まず、甲山へ。
弘法大師空海を導師に迎えて満3年の修業を経て、831年、本堂落慶。
大師より剃髪を受け、如意尼という僧名を授かったとのこと。
~前後して亡くなった弘法大師と如意尼。そして、あとに残ったのは
如意尼そっくりに写した観音さまの像。
まあ、皇后や天皇を写して刻んだとされる仏さまは他にもありますが。
(羽賀寺の十一面観音さまは、行基が女帝・元正天皇の御影を刻んだもの、
法華寺の十一面観音さまは光明皇后の姿を刻んだものとされる、等。)
その姿、お顔がなんともいえず素敵で、ついドラマ性を感じてしまった
のでした。
■越木岩神社
自宅が近かった頃はときどき来ていたのに、久々に訪れて境内から岩の
周りからグルグルぐるぐる歩いてみると、忘れていたことやまだまだ知ら
ないところがあり再発見、という感じ。
懐かしかった~!
24日
●東大寺法華堂(本尊不空羂索観音菩薩、梵天、帝釈天、金剛力士2体、
四天王)
不空羂索観音さま、梵天、帝釈天、金剛力士、四天王を一堂に拝観。
秘仏の執金剛神立像だけは毎年12月16日と決まっており、断念。
お堂の中に入り間近で不空羂索観音菩薩さまを見上げると、やはりすごい
迫力。本当に力を感じることができる。脇にはふくよかな梵天と帝釈天。
奈良国立博物館に出陳されていたときにデカイ!と感じた金剛力士2体も
この観音さまのお側では前ほど大きさを感じない。いや、でも素晴しい、
この全体から受ける感じが素晴しい。
なお、もと法華堂に安置されていた日光・月光菩薩、弁財天、吉祥天、
地蔵菩薩、不動明王の6躰は現在、東大寺ミュージアムに安置。ミュージ
アムができたためもう以前の配置ですべての仏像を拝観できることはない
らしい。前の形で拝観したかった、と言うと、前の配置での写真を見せて
くださった。それは私にとっては一部の隙もない完全な配置に見えた。
ただ、その配置もオリジナルではなく、長い時間の中で客仏として迎えら
れたものもあったそうで、むしろ今のほうがオリジナルに近い、というよ
うなお話だった。そうだったのか。仏さまもギッシリ並べられてもしかし
たら息苦しかったのかも。これからはどうぞゆったりしてくださいね~。
●二月堂
●福智院(地蔵菩薩)
<6月>
15日
■六甲八幡神社