オオカミになりたい(遺言)

ずっとそばにいるよ

新形三十六怪撰より 「茂林寺の文福茶釜」

2018-10-14 | 新形三十六怪撰

~ 今は昔、上野の茂林寺に守鶴という老僧あり ~

『茂林寺の文福茶釜』

(もりんじ の ぶんぶくちゃがま)

 

大蘇芳年筆


『甲子夜話』

元亀元年(1570)七世月舟禅師の代に茂林寺で千人法会が催された際

大勢の来客を賄う湯釜が必要となりました

その時、守鶴は一夜のうちに、どこからか一つの茶釜を持ってきて

茶堂に備えました。ところが、この茶釜は不思議なことに

いくら湯を汲んでも尽きることがありませんでした。

殊にこの茶釜は八つの功徳があり、中でも福を分け与えるゆへに

守鶴はこの茶釜を「紫金銅分福茶釜」名付け

この茶釜のお茶を飲むと八つ功徳に授かると言いました。

それからしばらく経ったある日、守鶴は熟睡していて手足に毛が生え

尾が付いた狢(むじな)の正体を現わしてしまいます

実は、守鶴の正体は数千年生き続けた狢だったのです。

これ以上、当寺にはいられないと悟った守鶴は、名残を惜しみ

人々に源平屋島の合戦と釈迦の説法の二場面を再現して見せます

人々が感涙にむせぶ中、守鶴は狢の姿となり飛び去りました。

時は天正十五年(1587)二月二十八日

出典元:ArtWiki





新形三十六怪撰より 「清盛福原に数百の人頭を見る図」

2018-10-11 | 新形三十六怪撰

~ 誰かいないか 誰かいないか ~

『清盛福原に数百の人頭を見る図』

(きよもり ふくはらに すうひゃくの じんとうを みる ず)

 

大蘇芳年筆


平清盛(たいらのきよもり)は平安時代末期の武将


清盛が都を福原に都を移して以来、夢見も悪く

いつも胸騒ぎばかりして、変化の物たちが多く現れた。

ある夜、入道(清盛)がいつも寝ている場所に

一間(約1.8m)に余るほどの化け物の顔が現れて清盛を覗いている

入道は少しも恐れず じっと睨んでいると

怨霊は怖れをなして消え伏せていった。


『平家物語 第五巻 物怪之沙汰』では

清盛に討たれた源氏武将たちの怨霊が

多数の髑髏となって清盛を襲ったと伝う。





新形三十六怪撰より 「内裏に猪早太鵺を刺図」

2018-10-10 | 新形三十六怪撰

~ 源頼政・猪早太の鵺退治 伝説 ~

『内裏に猪早太鵺を刺図』

(だいりに いのはやた ぬえをさす ず)

 

大蘇芳年筆


猪早太(いのはやた) は平安時代末期の武将


時は平安末期、仁平年間(11511154)の頃

近衛天皇が毎晩何かに怯えるようになり、源頼政が警護にあたる。

深夜丑の刻、頼政が御所の庭を警護していたところ

艮(うしとら)の方角(北東)より、もくもくと黒雲が湧き上がり

その中に不審な影が見え、頼政が弓を放つと手応えがあ

何か落ちて来て、暗闇の中に怪しい姿がうごめいていた。

すかさず、猪早太が駆け寄って小太刀でとどめをさして

火明かりで見ると、これまで見たことがないような怪物であった

その変化のものの死体は丸木舟に入れて流したという。


鵺は日本で伝承される妖怪や物の怪である伝説の生物

この意が転じて、得体の知れない人物をいう場合もある。

月百姿での鵺退治は こちら になります。