現地ジャーナリスト 徐台教さんの寄稿
「しんぶん赤旗」2024年12月5日
韓国・尹錫悦大統領による「非常戒厳」宣布を受けた3日夜、韓国国会での様子について、現地ジャーナリストでニュースサイト「コリア・フォーカス」編集長の徐台教(ソ・テギョ)さんに寄稿してもらいました。
「空輸部隊が国会を占拠しようとしているぞ!」
ソウルを東西に流れる漢江の中州・汝矣島(ヨイド)にある国会の正門前。よく通る声で政党関係者とおぼしき若い男性が叫ぶ。空輸部隊とはいわゆる空挺(くうてい)部隊で、韓国軍のエリート兵士だ。戒厳軍は本気だ。警官隊に国会への進入を阻まれている市民や記者の表情がこわばる。
「補佐陣(国会議員秘書)が消火器を噴射して対抗している!」
男性がさらに叫んだ。まるで戦争だ。
国会内の激しさに呼応するかのように、外に集まった千人を超える市民が司会者の音頭に合わせ声を上げる。「尹錫悦を弾劾しろ!」と大統領を拒否し、「国会内に届くように歓声を。ウォ~!」と戒厳軍と対峙(たいじ)する人々にエールを送る。いつの間にかその数は数倍に増え、国会内の状況にも好転の兆しが見え、がぜん熱が入る。
冬の気配が広がる3日午後10時すぎ、韓国の尹錫悦大統領は緊急会見を開き「非常戒厳」を宣布した。そしてその理由を国会300議席のうち170議席を占める最大野党・共に民主党に求めた。
尹氏は検察幹部や監査院長の弾劾を進め、積極的に政府予算を削減する同党を「国民の自由と幸福を略奪している破廉恥な従北反国家勢力」と位置づけ、その剔抉(てきけつ=えぐり取ること)を訴えたのだった。
幕を閉じた「戒厳令」
韓国社会が培った民主主義の勝利
「従北」という聞き慣れない言葉は「北朝鮮に従う」ことの略語で、韓国では相手に対し「アカ」とのレッテルを貼る際に使われる。戦争を経験した分断国家ならではの悪口と言えるが、尹大統領がこの会見で示した認識は世間のそれとは大きくかけ離れていた。言うまでもなく、強い野党を選んだのは民意である。
しかし非常戒厳の進行は粛々と進んだ。尹氏は陸軍参謀総長を戒厳司令官に据え布告令を発表させた。国会や地方議会などの政治活動は禁じられ、メディアも同司令部に統制される。集会やストライキも禁止となる。明らかに昨日までとは異なる世界への入り口が広がっていた。
もはやこれを止める手だては国会にしかない。在籍議員の半数で解除要求案を可決すればよいのだ。国会が「戦場」に選ばれた訳がここにある。軍の介入は許さない。
市民は同じ空挺部隊に蹂躙(じゅうりん)された44年前の『光州5・18民主化運動』の痛みを想起し立ち向かった。国会内で議員と補佐陣、そして国会職員が共に戦い、国会外では市民が戦う。市民の口からは「死ぬ覚悟で来た」という言葉も飛び出した。
この懸命の連携プレーは実を結び、非常戒厳という韓国憲政の危機はわずか6時間で幕を閉じた。それはつまり、韓国社会が培ってきた民主主義の勝利だった。
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韓国の「戒厳令」
緊急事態条項 危険性鮮明に
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が3日夜に「非常戒厳」を宣言し、4日未明に解除に追い込まれた経緯は、「緊急事態条項」の危険性を改めて鮮明に示すものとなりました。
韓国では「非常戒厳」のもとで、陸軍大将(参謀総長)が「戒厳司令官」として布告を発出。集会やデモなど一切の政治活動を禁止し、すべてのメディアと出版を戒厳司令部が管理するとしました。国防相が軍に態勢強化を指示。軍隊が出動し国会で野党勢力ともみあいになるなど緊迫しました。
日本ではこの間、自民党、公明党、国民民主党、日本維新の会などがコロナ禍や震災対応などを口実に「緊急事態条項」創設のための改憲を強く主張。「非常時における議員任期延長」の早期導入でまとまってきましたが、自民党は8月30日の改憲実現本部の会合で「緊急政令」の導入を改めて当面の課題とすることを確認。9条への自衛隊明記と合わせ早期の改憲実現を強調してきました。
「緊急政令」とは「法律と同一の効力を有する政令」(自民党改憲草案)です。国会の立法権限を内閣が奪って、内閣の判断で人権制限を含む広範な規制を行うことができる仕組みです。内閣が、国会審議を抜きにして政治活動の自由や報道の自由を「政令」で制限することも可能です。乱用の危険が大きく、それを防ぐ手段も乏しい。まさに今回の韓国での「非常戒厳」が示したのと同様の危険をもたらすものです。
戦前の大日本帝国憲法には、緊急勅令(8条)と財政上の緊急処分(70条)、戒厳令(14条)と天皇の非常大権(31条)という多くの緊急事態条項が規定されていました。治安維持法の改悪が緊急勅令で強行されるなど、議会の関与を抜きにした人権破壊や乱暴な国家運営が繰り返され、戦争による国民生活の破滅へと導いたのです。
その反省から終戦直後の憲法制定議会では、金森徳次郎・憲法担当相が、緊急権は権力者には便利だが民主主義を無視するものとして、「緊急権は必要ない」としたのです。その復活の動きに厳しい批判が必要です。(中祖寅一)
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韓国の「戒厳令」
維新・馬場前代表 憲法知らず
日本維新の会の馬場伸幸前代表が、Xで韓国での「非常戒厳」の動きを受けて「憲法改正で緊急事態条項を整備すべき」などと投稿しています。
韓国の事態は、政治的に行き詰まった尹錫悦大統領が「体制転覆の脅威」を言い立て、政治的結社、集会、デモなど「一切の政治活動の自由を禁じる」としたファッショ的動きです。これを受けて「緊急事態条項の整備を急げ」という馬場氏―驚くべき危険な本音を明確にしました。
さらに馬場氏は緊急事態条項が「権力の暴走を止める装置」だとも投稿で述べていますが事態をあべこべに描くもの。緊急事態条項は、「緊急」の名のもとに権力に対する憲法の制約を解除し、まさに権力の暴走をもたらすものです。自民党改憲草案には「緊急事態」の例示として「内乱等による社会秩序の混乱」がありますが、それを判断するのは権力者です。大きな乱用の危険があります。馬場氏の発言は、憲法の歴史と論理に対する根本的無理解を示すものです。