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日本人は隠れヒンドゥー教徒? その二

2013-10-23 21:10:25 | 読書/インド史

その一の続き
 残念ながら日本では、仏典はよく読まれていてもギーターはそれほど読まれていないようだ、と上村勝彦氏は嘆く。だが、世界的なレベルで見れば、般若心経よりもギーターの方が遥かに読者を持っているのだ。かたちだけの一仏教徒の私でも、意味不明でクソ面白くもない般若心経よりギーターが人気を集めるのは当たり前だと思う。
 知ったかぶりで、「フランスでは仏教徒が増えている」等と書いていたブロガーがいたが、ヒンドゥー教に共鳴する欧米人に比べれば、白人仏教徒数など取るに足らない。仏教に改宗したがる欧米人は例え高等教育を受けていても、一部の変人と言っても過言ではない。ヒンドゥーの導師にも心酔する欧米人を食い物にする者もおり、カルト化した宗教組織も珍しくないのだ。それ以上にイスラムに改宗する欧米人の方が多いのが実態だが。

 一方日本では、最近は仏教を介さずに直接インドの宗教や文化に関心を抱く人々が増えてきており、これからはギーターもより多くの人々に読まれるようになると期待すると書いた上村氏だが、これまたそんな日本人は私も含めへそ曲がりが大半であろう。彼らもまた国内では影響力のないマイノリティであり、インドの宗教や文化に関心を抱く人々は、未だに変人視されるのがオチである。
 やはり日本とインドとの接点は、仏教を介してなのは現代でも変わりない。序章「日本に入ったヒンドゥーの神々」では、日本人がいかに日常的にヒンドゥー教の神々を拝んできたか、また現代も拝んでいるか、ということが書かれている。

 毎年正月になれば、必ずと言ってよいほど七福神の絵を目にする。七福神のうち実に3神までがルーツはヒンドゥー教の神。大黒天シヴァ神の化身マハーカーラが仏教に取り込まれ、日本古来の神・大国主と習合して大黒天となった。元のシヴァとは似ても似つかない容姿であり、日印合体神とは知らぬままに拝んでいる日本人も少なくないのではないか。
 日本では武神として信仰されてきた毘沙門天だが、元はヒンドゥーの富と財宝の神クベーラ。富の神らしくカイラス山で豪奢な暮らしをしており、軍事的には弱い神だった。そのため異母弟に富を奪われるという神話がある。

 七福神の紅一点であるため、弁才天は宗教に無関心の今時の若者でも知っているはず。ヒンドゥー教の女神サラスヴァティーが仏教に取り入れられ、弁才天となった。日本では「弁天」と表記されることもあるが、サラスヴァティー自体が水の女神、豊穣の女神であり、財宝の神としての性格も多分にあったという。従って「財」の字を当てても、間違いとは限らないらしい。
 名前に「~天」とつく神の殆どは天竺がルーツなのだ。まさか七福神を熱心に拝んでいる日本人は今時いないだろうが、21世紀でも年始から天竺渡来の神々を崇める習慣が続いているのはある意味すごいのではないか。

 映画『男はつらいよ』は、「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯をつかい…」という台詞で始まる。寅さんがいう産湯とは柴又帝釈天の神水を指しており、文字通り本尊は帝釈天。帝釈天も元はヒンドゥーの神インドラで、日印共に武神となっている。
 しかし、古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』では英雄神だったインドラも後代になると地位が落ち、情けない神話が生まれる。武神であるにも関わらずアスラ王には何度も負け、天界を追われたこともある。さらにインドラは好色で、あろうことか七聖仙の1人の妻に手を出す。そのため聖仙はインドラの睾丸を奪ばった上、全身に千もの女性器を付けるという呪いをかけた。多神教の世界ではおバカな神様に不足しない。

 そのためかインドラは聖者の苦行を恐れ、天女を派遣して聖者を誘惑し、修行の妨害をすることもしばしば。これはインド古典において非常に好まれたテーマで、中でも一角仙人の話が有名。女を知らぬ聖者の一角千人に、インドラが天女を派遣し、誘惑させるという筋書き。
 この伝説は筋は若干変化しつつ『大智度論』等の仏典を通じて日本に入り、今昔物語太平記で取り上げられた。さらに謡曲や歌舞伎の鳴神(なるかみ)にも展開されている。つまり、日本でも聖者が女に惑わされる話が好まれたということだ。
その三に続く

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6 コメント

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 (motton)
2013-10-24 10:30:15
仏教の天は、
サンスクリットのデーヴァ(Deva)、
インド神話のディヤウス(Dyaus)、
ギリシャ神話のゼウス(Zeus)、
ローマ神話のユピテル(Jupiter = Ju+piter(父))、
北欧神話のテュール(Tyr、英語の火曜日(Tuesday)の語源)
と同語源(語意は神、特に天空神)ですね。
# なお北欧神話の雷神トールは別語源
なかなか面白い。
返信する
RE:天 (mugi)
2013-10-24 21:42:08
>mottonさん、

 印欧語同士の「天」への同語源は面白いですね。天空神は総じて最高神になります。

 以前読んだ『世界史(上)』(マクニール著)には、インド文明が東南アジアや東アジアに与えた影響を取り上げ、「全人類の半分以上を擁している文明を、ひとつの共通の色に染め上げた」とまで書いています。ヘレニズムの成果もこれほど巨大ではなかった、と。
返信する
インドの神々現代風イラスト (スポンジ頭)
2013-10-26 20:27:07
 インドの神々を現代風にしたイラストを紹介しているサイトが有りました。
ttp://blog.livedoor.jp/drazuli/archives/6895038.html#com_13

 作者はインド人だそうですが、日本人にとって馴染みのないインド神話はインド人にとって想像力の宝庫なんですね。こういうイラストを売り出したら結構興味を持つ人がでそうです。
 ここのイラストのインドラを見ると、馬鹿げた行動をする神にはとても見えません。
返信する
RE:インドの神々現代風イラスト (mugi)
2013-10-27 21:12:23
>スポンジ頭さん、

 面白いサイトの紹介を有難うございました! インドの神々の現代風イラストは、何ともゲーム風でシュールでしたね。インドラはまさに雷をバックにする雷神。呪いをかけられ、全身に女性器のついた姿はとても描けませんが、呪いのやり方がすごい。

 コメントにあるように、カーリーやラクシュミー、サラスヴァティーがないのは残念でしたし、何故かクリシュナもなかった。それでも、「インド人の神様は簡単にヘビーメタルのアルバムのカバーになることが出来る」のは流石です。私的にはこのコメントが傑作でした。

102. 無味無臭なアノニマスさん 2013年10月26日 16:40 ID:J85GNYFL0 このコメントへ返信
ムスリム:神様は偉大→だから絵なんかにしちゃ駄目!
ヒンドゥー:神様は偉大→だから現象や概念まで絵にしちゃうよ!

文化って面白い
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Unknown (牛蒡剣)
2019-06-06 19:00:17
ギリシア神話や北欧神話や日本神話のように
不完全でどこか人間的なところのある多神教
神話はヘンなやつが出てきますね。
それでも呪いで千の女性器をつけるという発想
は聞いたこともなかったので爆笑しました。
ゼウスがヒンズーの神々と浮気したらえらい目
にあったことでしょう。w(ギリシア神話の問題
の起点は大体コイツの浮気)

 おお方の日本人にとってヒンズー教の神々と
仏教説話と混ざり過ぎてよくわからんてとこ
だと思います。ついでに垂加神道まで混じって
分けわからなくなる。www
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牛蒡剣さんへ (mugi)
2019-06-07 22:29:58
 北欧神話は未読なのでよく分かりませんが、ギリシアやインドの神話には日本では考えられないような個性的な神々が登場しますよね。パワフルであくが強く、日本の神々は本当に影が薄い。
 仰る通りゼウスがヒンドゥーの女神に手を出したら、大変なことになるでしょう。ギリシアの神よりインドの神サマの方が強そうです。

 仏教と共にヒンドゥーの神々が日本に入ってきて日本の神と合体しましたからね。大黒天があのシヴァとの合体神であることを知らない日本人も結構いると思います。さらに垂加神道でますます混乱です。
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