『愛と残酷の世界史』(桐生操 著、ダイヤモンド社)を先日読了した。表紙はいささか少女漫画チックだが、前に著者の代表作『本当は恐ろしいグリム童話』を読んだこともあって、タイトルが気に入って図書館にあった本書を借りた。「欲望と背徳と秘密に魅せられた人々」のサブタイトル通り、エログロナンセンスの世界史。
「はじめに」で著者が「奇妙な残酷さが好きである……」と述べているように、他国の残酷史のオンパレードである。そんな本書の中で、私的に最も興味深かったのが魔女狩り関連。第1章にはズバリ「魔女狩りが盛んになった本当の理由」という一節がある。
魔女狩りが盛んになったのは、狂信に加えカネ目当てもあったのだろうと思っていた。冤罪でも魔女にでっち上げてしまえば、財産没収が可能になり、本書からこの見方は概ね当たっていたようだ。しかも実際はかなり過酷な取り立てが行われていたようで、著者はこう述べている。
「いったん魔女という嫌疑をかけられたら最後、被告には過酷な拷問と火刑が待っていた。しかしそれでことが終わるわけではない。逮捕や尋問や拷問の手数料、獄内の食事、自分のからだを縛った縄代、自分のからだを焼いた薪代、裁判官や役人や死刑執行人の諸手当など一切を、処刑された魔女は自分の費用で支払わねばならなかった。
だから被告の逮捕と同時に、管財役人は被告の家を捜査し、あらゆる帳簿や書類を押収した。動産・不動産の没収はもとより、被告が誰かに金を貸しているような場合、貸した相手を探し出し、借金を取り立てることも怠らなかった。殺された魔女にかわって、管財役人がその貸しつけ金を取り立ててまわっていたのである。
このように、魔女狩りが荒れ狂った原因の一つに、財産没収のうまみがあったのである。その証拠に、神聖ローマ帝国が魔女の財産没収を禁じた1630~31年の二年間は、魔女摘発が急に減少している。たとえば、1629年までは毎年百人前後の魔女が処刑されていたバンベルグ市など、1631年にはゼロとなっているのだから、呆れたものだ」(53頁)
魔女という嫌疑をかけられた被告が獄内の食事ばかりか、拷問の手数料まで負担させられていたという記述に絶句した読者は多かっただろう。魔女狩りを専門とする職業まで登場する。
悪魔と契約を結んだ魔女には、必ず体の何処かに魔女の印があるはずということで、裁判官はそれを探そうと懸命になった。印のある部分だけは、針を刺しても痛みを感じないとされていたので、当局は魔女の嫌疑を受けた人物の頭髪、腋毛、陰毛など全身の毛を剃り落とし、全身に針を刺し入れ、何とか無感覚の部分を探し出そうとした。
これが高じ、やがて各地で針刺しの専門家というものが登場した。スコットランドなど、針刺し業者の正式な組合まで作られる。専門家の針刺し料金は、印を発見した魔女ひとりにつき20シリングだったとか。
英国では「魔女狩り将軍」とあだ名されたマシュー・ホプキンスの活躍がスゴイ。彼は針刺しで被告の自白を引き出す専門家で、各地から名人として東西奔放した。1日の平均賃金が僅か1ペンス(当時の1ポンドは60ペンス)の時代に、彼は魔女ひとりを発見する毎に二十数ポンドもの金を要求している。
こうしてホプキンスは、1645年から僅か年間で1千ポンドを稼いだという。その2年間で、実に三百人以上の魔女を発見し、処刑台へと送り込んでいる。彼とその仲間たちが殺した魔女の数は、英国での魔女裁判での犠牲者のほぼ三分の一に達するといわれる。
但し本書には載っていなかったが、ホプキンスの主張ややり方を非難する人たちが現れる。ジョン・ゴール牧師はホプキンスを批判し、その尋問の残虐さや違法性をあばく証拠を集め、告発状を出したことがwikiに見える。これによりホプキンスは信用を失い、1646年末頃には魔女狩り将軍は廃業へと追い込まれたという。
その二に続く
◆関連記事:「教会は最大の犯罪組織?」
リンチと魔女裁判・異端尋問は裁判の黒歴史として刑事訴訟法や憲法、民主主義の熱狂の悪しき例としてせいじがくででてきます。
『肉食の思想』、懐かしいですね。中公新書からも出版されていて、学生時代に立ち読みしたことがあります。全編通して読んではいませんが、食文化の比較から西欧思想を読み解くのは斬新だと感じました。
現代の欧米諸国にベジタリアンが増えているのは皮肉に見えますが、これも『肉食の思想』の延長にあるのかもしれませんね。