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その弐拾参
鄙びた港町だ。
呑み屋くらいしか開いている店はない。仕方なく若者の集まる一角にできたカラオケBOXに入る。少なくとも、ここなら話を聞かれることはない。
「失礼ですが……」
と言葉だけは丁寧に、だが充分威圧的に男に問いかけた。
「あなたは誰ですか」
居酒屋での暴言を詫びようかとも思ったが、人のプライバシーを侵害しているのはこの男の方だと開き直り、改めて聞く。
酒は入っていたが、話は理解できる筈だ。それほど酔っているようには見えない。しかし男は何も答えない。
「もう一度、聞く。あなたは誰だ」
彼の視線が忙しく辺りを彷徨い、原色の部屋の薄明かりにも不審な様子だ。モニターからは名前も知らないグループが次々と現れてトークを繰り返す。反射する灯りが男を更に怪しく見せていた。
「私は……」
小さな声だった。部屋に入って、猶に三十分は経っていた。
しかし、それよりもその言葉に驚き過ぎて聞き返してしまう。
「もう一度。聞かせて下さい」
すると男は決心がついたのか。今度ははっきりと名乗りをあげる。
「私は滝川精一。君の父親だ」
To be continued. 著作:紫 草
HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙