『君戀しやと、呟けど。。。』

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『溺れゆく』その弐拾肆

2018-03-24 00:02:54 | 小説『溺れゆく』
カテゴリー;Novel


その弐拾肆

 この男が元凶だ。
 水帆と真帆を引き裂いた。

 好きな女の尻を追いかけて、アバンチュールを楽しみ、そして母を死なせた。
 それはいい。若い頃の恋の話だ。
 しかし真帆は違う。
 離婚を決意している女を孕ませる男が許せない、と思っていた。でも……

 これまで水帆の中に渦巻いていた激情が沈静化していく。
 本当に目の前のこの男が、そんなことをするだろうか。
「何故、父親だと言いきることができるんですか」
「一度だけ、君に会った。小学校に入ったばかりの頃だった」
 会った? 驚く気持ちを抑え、彼の言葉を待つ。
「暫くして君を引き取りたいと思い出向いたが、そんな子はいないと門前払いさ。手も足も出なかった」
 項垂れる彼の言葉は遠い記憶を辿り始める。
「ほんの一言、ごゆっくりと言ってくれて。可愛らしい声だけが思い出になった」

 そんな話は知らない、と言ってしまうのは簡単だったろう。でも言えなかった。
 祖父母や伯父の顔が浮かんでくる。母の聞かされるだけの思い出も蘇る。
 会ったことがあったとは思っていなかった。すっかり忘れている。
 ただ今は、それだけじゃない。
 真帆と水帆の未来を壊した張本人だと思っているのに、妹としての真帆を紙の上だけでも結婚しようと決心させた、その真帆の父親なのだ。
 複雑な気持ちだった。
「こんな所で何をしているんですか」
「何って……」
「仕事です。漁師には見えませんよ」
 そう言ったら、彼は納得したように頷いた。そして何もしていないと答えた。

「では俺と一緒に島に来ますか。こんな所で呑んだくれてるくらいなら、離島は嫌だとか、ごねたりもしないでしょ」
 そして笑った。微かに、くすりと。
 彼の表情は勿論、想像に難くない。
「いいのか? 本当に」
「父親なんでしょ。そのかわり肉体労働ですよ。洗濯と掃除と治療で一日が過ぎていきます。いつまでも愚図愚図言ってるくらいなら、俺の前で言ってればいいじゃないですか」
 水帆、と呟く彼の声音は優しかった。もういい年になっているというのに、未だ小学生の水帆を思うのだろうか。

 二人は、そのままカラオケBOXで夜を明かし、翌朝、定期船に乗り込んだ――。

To be continued. 著作:紫 草 
 


HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙
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