『君戀しやと、呟けど。。。』

此処は虚構の世界です。
全作品の著作権は管理人である紫草/翆童に属します。
無断引用、無断転載は一切禁止致します。

『溺れゆく』その弐拾弐

2018-03-22 09:18:36 | 小説『溺れゆく』
カテゴリー;Novel


その弐拾弐

「本土へ運ぼう。ここでは無理だ」

『まあちゃんが転んで血流してる』
 と診療所に飛び込んできた弟の拓司に話を聞くと、下校途中、ふざけていた所で石段を踏み外し真っ逆さまに落ちたという。
 当初は話もしたらしいが、水帆が着いた時には意識レベルといえる反応はなかった。
「お母さんを呼びに行ったか」
 拓司に尋ねると、即座に頷いた。
 しかし待っている時間はない。緊急ヘリの要請が必要だった。輸血用のストックなどないのだ。一刻を争う状況のなか、真孝の両親が駆けつけ事情を説明する。
 ヘリが到着するまでの四十分。途方もなく長く感じられた。小学校の校庭に着陸地点を決め、遊んでいた子供たちには避難をさせる。時間を逆算して真孝を運ぶ。

 他県にはドクターヘリという医師、看護師が同乗するヘリがあるらしいが、ここではそうはいかない。
 葛城は数日留守になるかもしれないと気になる所に電話を入れた。皆、大丈夫だということで薬を届けることもなく、真孝に付き添った。応急処置にもならない措置だけを施しヘリを待った。
 幸いにも天候に恵まれ、予定時刻よりも早く病院に到着する。
 そこで真孝の緊急手術が行われ、心臓が止まることもなかった為、頭部の怪我ではあったが多分大丈夫だろうとのこと。ICUでの経過観察は運び込んだ病院に任せ、葛城は島へ戻ることにする。
 船で駆けつけてきた両親と拓司も来たし、一安心だ。

 久しぶりの本土だ。
 不思議なものだが、戦争を全く知らない世代でも本州を本土と呼ぶ。中には県名を言うものもいるが、多くは違う。
 どうせ定期便はない。呑んでいくか。島に居ると、いつ急患があるか分からないので殆んど呑むことはない。
 小さな居酒屋の暖簾をくぐる。
 カウンターの一番手前にいた男をちらりと認めた刹那、彼は椅子から立ち上がる。その拍子に椅子が倒れ、半分ほど残っていたビールごとコップが床に落ち割れた。

「大丈夫ですか」
 思わず、そう声をかけてしまったくらい、男は自分を見て驚いている。とても酔っぱらって椅子から落ちるような人には見えない。
 しかし、こんな男を水帆は知らなかった。
「葛城、水帆」
 途端、その男からその名が漏れた。
「お前、誰だ」
 今では身内と真帆以外知る者のない、その名を何故この男が知っている。

 男を立たせると、話を聞きたいからと強引に外へと連れ出した――。

To be continued. 著作:紫 草 
 


HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙
コメント    この記事についてブログを書く
« 『溺れゆく』その弐拾壱 | トップ | 『溺れゆく』その弐拾参 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

小説『溺れゆく』」カテゴリの最新記事