『君戀しやと、呟けど。。。』

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『溺れゆく』その壱

2018-03-01 17:09:19 | 小説『溺れゆく』
カテゴリー;Novel


その壱

 朝陽は嫌いだ。
 眩しくて、前向きって感じで輝いて、その上、街中全てが“やる気まんまん”
「俺には、そんな朝ついていけない」
 葛城は、そう言って小さな溜息をつく。

 言葉は難しい。
 その言葉に、深い意味はない。それでも女は去っていった。

 夜明けの珈琲はそんなに魅力的か? 朝は清々しくなくちゃいけないのか? 苦手を苦手と言うことは罪になるのか?

 女は難しい。
 彼女への気持ちを朝陽に置き換えられ、振られた。
 いとも簡単に、見事なまでにあっさりと……

 あ~、そうか。
 理由が欲しかったのか。
 自分と別れる為の瞬発力を持つ、何か。

 あの日、葛城は一人の女と別れた。
 深夜喫茶の扉の前、見事にくらった女のパンチ。
 そして左の頬に手を添えた刹那、葛城の視界に彼奴が映った。

 莫迦にしたようなシニカルな笑み。
 唇の端を少しあげ、背中を向けて笑われた。
 肩が小刻みに震えているのが見てとれる。

 あゝ。
 振られたよ、今の今。
 どうせなら思い切り笑ってくれ。
 そんな気持ちを口にした。

 振り向いた少女の瞳は、初めて葛城を捉えた。気付いたら声をかけていた。
「付き合わない? お茶」
 背にある店を、肩越しに指す。

 時が、ゆるやかに流れた。
 今の時代の時計ではなく、アナログな時。漆黒の瞳は、濡れているように見えた。

(コイツ、幾つだ)
 そう思った瞬間、囁くような小さな声で少女は答えた。
「朝まで一緒にいてくれたら……、ね」

 時刻は午前三時半。
 朝というにはまだ早い。
「いいよ」

 深く考えずに手を取った。少女の手は冷たかった。葛城の手の中で、微かに震えているのが分かる。
 そして、これが二人の出逢いとなった──。

To be continued. 著 作:紫 草 
 

HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙
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