第四章 その壱
何だよ、二人とも。
勝手に連れてきたくせに。
その上、どうして何も言わないまま消えちゃうんだよ。
伯母さんもだよ。
何か、言ってくれてもいいじゃんか。
清夜(せいや)はどうしていいか分からず、立ち尽くしていた。
そうしていると伯父さんが帰ってきた。
「お帰りなさい」
それだけは言えた。
「来てたのか」
「はい」
この人だけは気さくに話しかけてくれて助かった。
コートを脱ぐと、伯母さんと入れ違いにソファに座った。
「何かあったの」
そう聞いてくれる。でも、どう説明していいか分からなかった。結局、何も言えないまま、夕飯の支度ができたと言われ、みんなで食卓についた――。
何て表現すればいいんだろう。
家庭の食事って、こんな感じなのかな。
ご飯と味噌汁、大皿に肉野菜炒めが大量にあって、他にも野菜が甘く煮てあって、すごく美味しい。
テレビを見ながら色んな話をして、伯父さんがお湯を湧かしに立つ。
「清夜、コーヒー飲むか」
「はい」
京音(けいと)は緑茶、月斗(つきと)は紅茶、伯母さんはカフェオレを淹れた。こんな賑やかなご飯って、いつ振りだろう。
昔、祖父母をじいじとばあばって呼んでた頃、清夜は二人と食べてた。お義父さんとお義母さんは二階の台所で食べるから一緒ってなかったな。
暫くして伯父さんは、ごちそうさまと言って食卓を離れた。京音と月斗も同じように離れていく。
「ごちそうさまでした」
ついぞ言ったことのない言葉を口にすると、変なイントネーションになってしまった。
「お粗末様でした」
伯母さんは、その言葉にも笑うことなく応えてくれる。そういえば、この人が人をからかうような言葉を言ったの、聞いたことがない。
改めてソファに行って、今度こそちゃんと話そうと思った――。
「伯母さん、僕、勉強したいです。月斗はちゃんと大学に行ってる。向こうにいると大学どころか、普通の勉強もできると思えない。僕、お兄ちゃんと同じ大学に行きたいです」
とりあえず言いたいことを話して、それをみんな黙って聞いてくれた。そこで初めて、みんなの顔を見る。
あれ、変なこと言ったのかな。すぐには誰も何も言ってくれない。微妙な空気が流れている。ただ何が変だったのか、自分には分からない。
「清夜君。月斗は君のお兄さんです。ただ今は私の大事な息子です。君がここに来て、この家で住むことはできます。でも清夜君はあくまで将人さんの子供です。立場は月斗と全く違って、君は預かりってことになるの。それが理解できますか」
伯母さんの言葉が胸に刺さった。
兄弟だけど兄弟じゃない。
そういうのって、よく分からない。親が死んだ時、自分は小さすぎて離れて暮らしてる実感がなかった。何より月斗を兄だと思っていなかった時期もある。義母に月斗が本当のお兄さんなんだと言われて初めて知った感じだった。
「月斗には清夜君を育てる義務はないの。それは将人さんと佐央里さんにある。大学に行きたいなら、まず二人に話さないと駄目じゃない?」
返事はできなかった。下を向くしかなかった――。
「お茶、淹れようか」
声で、月斗が奥の部屋から出てきたのが分かった。あれから暫くして伯父さんも京音も月斗も部屋に戻っていたから。
「二人で話す?」
伯母さんが台所に向かって声をかける。
「いいよ。清夜が自分で考えないと駄目だろ」
突き放された気がした。何を望んでいたんだろう。
月斗が助けてくれると思ってたのか。ここに来たら、同じ未来があると思ったのか。
「俺が話したい」
そう言ったら、じゃあとマグカップを持ってソファすぐの床に座り込んだ。
「俺が来たら、迷惑だよね」
見上げる形になる月斗は清夜の言葉に、すぐには何も言わなかった。伯母さんもだ。いるけれど、見てるだけ。
黙っていることが気まずくて、でも何も言うことがなくて、彼の顔を見ていた。
同じ親を持つ月斗の顔は、自分とは似ていない。どちらの親に似ているかという話じゃない。生きてきた時間の流れが、顔を作るのかな。
見ていると自分ではなく、京音と印象が重なる。優しくて厳しい。そんな感じなんだろうか。
「小さな子供じゃないんだ。そう言えば引き留められるとでも思っているのか」
何だよ、二人とも。
勝手に連れてきたくせに。
その上、どうして何も言わないまま消えちゃうんだよ。
伯母さんもだよ。
何か、言ってくれてもいいじゃんか。
清夜(せいや)はどうしていいか分からず、立ち尽くしていた。
そうしていると伯父さんが帰ってきた。
「お帰りなさい」
それだけは言えた。
「来てたのか」
「はい」
この人だけは気さくに話しかけてくれて助かった。
コートを脱ぐと、伯母さんと入れ違いにソファに座った。
「何かあったの」
そう聞いてくれる。でも、どう説明していいか分からなかった。結局、何も言えないまま、夕飯の支度ができたと言われ、みんなで食卓についた――。
何て表現すればいいんだろう。
家庭の食事って、こんな感じなのかな。
ご飯と味噌汁、大皿に肉野菜炒めが大量にあって、他にも野菜が甘く煮てあって、すごく美味しい。
テレビを見ながら色んな話をして、伯父さんがお湯を湧かしに立つ。
「清夜、コーヒー飲むか」
「はい」
京音(けいと)は緑茶、月斗(つきと)は紅茶、伯母さんはカフェオレを淹れた。こんな賑やかなご飯って、いつ振りだろう。
昔、祖父母をじいじとばあばって呼んでた頃、清夜は二人と食べてた。お義父さんとお義母さんは二階の台所で食べるから一緒ってなかったな。
暫くして伯父さんは、ごちそうさまと言って食卓を離れた。京音と月斗も同じように離れていく。
「ごちそうさまでした」
ついぞ言ったことのない言葉を口にすると、変なイントネーションになってしまった。
「お粗末様でした」
伯母さんは、その言葉にも笑うことなく応えてくれる。そういえば、この人が人をからかうような言葉を言ったの、聞いたことがない。
改めてソファに行って、今度こそちゃんと話そうと思った――。
「伯母さん、僕、勉強したいです。月斗はちゃんと大学に行ってる。向こうにいると大学どころか、普通の勉強もできると思えない。僕、お兄ちゃんと同じ大学に行きたいです」
とりあえず言いたいことを話して、それをみんな黙って聞いてくれた。そこで初めて、みんなの顔を見る。
あれ、変なこと言ったのかな。すぐには誰も何も言ってくれない。微妙な空気が流れている。ただ何が変だったのか、自分には分からない。
「清夜君。月斗は君のお兄さんです。ただ今は私の大事な息子です。君がここに来て、この家で住むことはできます。でも清夜君はあくまで将人さんの子供です。立場は月斗と全く違って、君は預かりってことになるの。それが理解できますか」
伯母さんの言葉が胸に刺さった。
兄弟だけど兄弟じゃない。
そういうのって、よく分からない。親が死んだ時、自分は小さすぎて離れて暮らしてる実感がなかった。何より月斗を兄だと思っていなかった時期もある。義母に月斗が本当のお兄さんなんだと言われて初めて知った感じだった。
「月斗には清夜君を育てる義務はないの。それは将人さんと佐央里さんにある。大学に行きたいなら、まず二人に話さないと駄目じゃない?」
返事はできなかった。下を向くしかなかった――。
「お茶、淹れようか」
声で、月斗が奥の部屋から出てきたのが分かった。あれから暫くして伯父さんも京音も月斗も部屋に戻っていたから。
「二人で話す?」
伯母さんが台所に向かって声をかける。
「いいよ。清夜が自分で考えないと駄目だろ」
突き放された気がした。何を望んでいたんだろう。
月斗が助けてくれると思ってたのか。ここに来たら、同じ未来があると思ったのか。
「俺が話したい」
そう言ったら、じゃあとマグカップを持ってソファすぐの床に座り込んだ。
「俺が来たら、迷惑だよね」
見上げる形になる月斗は清夜の言葉に、すぐには何も言わなかった。伯母さんもだ。いるけれど、見てるだけ。
黙っていることが気まずくて、でも何も言うことがなくて、彼の顔を見ていた。
同じ親を持つ月斗の顔は、自分とは似ていない。どちらの親に似ているかという話じゃない。生きてきた時間の流れが、顔を作るのかな。
見ていると自分ではなく、京音と印象が重なる。優しくて厳しい。そんな感じなんだろうか。
「小さな子供じゃないんだ。そう言えば引き留められるとでも思っているのか」
To be continued. 著作:紫 草