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その拾弐
――三年後。
葛城水帆は、地域医療指定の小さな港町に居た。
今度、そこから離島へと渡ることになっている。鄙びた海沿いのこの場所は新しい医師が来るそうだ。何処に居ても同じだと、離島診療所の話を受けることにした。引継ぎまで一ヶ月、毎日顔を見せる町の人に、いつ話を切り出そうかと、それが目下のところ小さな悩みとなっている。
そこへ近所の女性が飛び込んできた。
「先生。大変だよ。すぐ来ておくれ」
こういうことも日常茶飯事。特に詳しく聞くこともなく診療所を飛び出した。
「何処ですか」
「海さ。身投げだよ」
この言葉には流石に驚いた。彼女を追い越し走り出すと、すでに人だかりができている。その間を抜けると若い女が倒れていた。
!
「先生、どうした?」
顔馴染みの男たちが口々にそう言ってくる。我に返ると水帆は女を診て、すぐに水を吐き出させる。
「大丈夫。診療所まで運ぶの手伝ってもらっていいですか」
そう言うと、すぐに担架を持ってきて手伝ってくれる。皆に礼を言い、女をベッドに寝かす。
改めて一通りの診察を終え、漸く一息ついた。青ざめていた顔色も少しだけ赤味がさし、静かな寝息をたてている。
「真帆……」
どんなに容貌が変わっていたとしても、この女は紛れもなく真帆だ。
「あら。お知り合いなんですか」
雑用全部を手伝ってくれる看護師の松丸小奈江が水帆の呟きを聞き逃さず尋ねてきた。
「うん。妹――」
その後の騒ぎといったら、年に一度の秋祭りよりも凄かった。そのお蔭で離島への転任の話もできた。驚かれたし悲しんでくれる人もいたが、新しい医師が来ると話すと安心したように納得してくれた。
一番驚いていたのは、たぶん真帆自身だったろう。覚醒する予定はなく飛び込んだ筈が、目が覚めたら目の前に水帆がいたのだから。
「全く、何度同じ目に遭わせれば気がすむんだ。寿命が軽く十年は縮んだぞ」
出来うる限り明るい声を出して、そして頬に触れた。
暖かい……
ただ、それだけで……
真帆が生きていると思うだけで、胸が締めつけられる。
自分はいつの間に、こんなにも真帆に溺れていたんだろうか。
しかし、どんなに恋焦がれようとも妹ではどうにもならない。これまで背を向けてきた気持ちに、突然反撃されたような気分だった。
会ったこともない実母の、ドラマのような大恋愛を初めて疎ましいと思った。何故、出逢った女が妹なのか。答えの出ない問いかけは数えきれないほどとなり、達観するほどにまでなっていた。
「近いうちに、南の方にある離島へと渡る。その無医島に診療所を開くんだ」
真帆の話を何も聞かずに話している。彼女が何を思って身投げなどという決断をしたのか、聞いてもいない。
でも今は話したかった。
「全ての責任は俺が背負う。だから味方が欲しい」
To be continued. 著作:紫 草
HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙