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その拾壱
「それが、俺と真帆が兄妹、という話か」
水帆はソファに座り、真帆はダイニングの椅子に座っていた。真帆は俯いたままだ。何とか、こちらを向かせようと声をかける。
「何故、瑞穂を別の名で呼ぶんだ」
苗字は両親が離婚をしたせいで、滝川と寺野になったのだろう。瑞穂は父親に引き取られ真帆は母親に。それよりも真帆は瑞穂を、何故アズサと呼ぶんだ。
しかし、真帆はその問いかけにすぐには答えなかった。内容が分からないということはないよな。単純に話をしたくないのか。
それでも何でもいいから話してくれ。一つずつ納得していかないと、真帆の話した内容が頭の中に入ってこない。
「父が……」
随分経ってから、真帆が口を開いた。それは単純な答えではなく、両親の馴れ初めから始まった。
結婚する前に、過去の恋人の話を聞いていた母親は、もし子供が生まれたら思い出の彼女の名前を子供につけたいと言われたらしい。ただ女の名前を知らなかった。知らないならどうするんだと聞くと、息子の名前をつけると。男でも女でもつけられるからと。息子がいることには本当に驚いたものの二度と会うことはないと言われたらしい。その程度の女なのかと思ったそうだ。
だから許した。生まれたのは女の子で漢字は母が考えた。
ところが父親の中で女の存在が過去になっていないことに母親は気づいた。ミズホと呼びかける彼に怒りを、そして娘には嫉妬を覚えたという。そこで母親は戸籍の必要でない書類をすべて梓沙という名前に替えてしまった。
学校では梓沙で通していた。それは真帆自身が知っている。同じ校区に住んでいたから。だからこそ真帆は梓沙と呼ぶ。
ここで漸く答えを聞いた。
父親のドラマのような恋の中味は分からない。誰かに罪があるわけでもない。
事実は葛城水帆は産まれ、母は死に、父親は真帆の母親と結婚をしたということだ――。
真帆の顔に感情はない。もう泣き尽くしたということか。
父親は、その時点では過去を清算するつもりで結婚という道を選んだのかもしれない。やがて瑞穂が生まれ、だが真帆がお腹のなかにいる時に離婚をする。その二ケ月後に産まれた真帆は父親の子として認められた。
今更、事実は変わらない。水帆と瑞穂真帆姉妹の二人が兄妹ということだけだ。
「父の記憶なんて、殆んどないのにね」
小さな頃、四人で会うことはあったという。けれど父親は決して真帆に近づこうとはしなかった。
すべてを聞いて水帆も応えた。
「確かに俺は伯父に育てられた。お袋は死んでる。今の話を、嘘だという証拠はないな」
大きな溜め息とともに、頭を抱え込んだ。
「一緒に居ることはできない。私は此処を出て行く。もう二度と会わない」
真帆の言葉に、水帆は何も言ってやることができなかった――。
To be continued. 著作:紫 草
HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙