『君戀しやと、呟けど。。。』

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『溺れゆく』その拾参

2018-03-13 00:22:20 | 小説『溺れゆく』
カテゴリー;Novel


その拾参

「味方……」
「うん。一緒にいかないか」
 真帆の瞳が大きく見開かれた。
「死ぬ気になれば、何でもできるさ。兄とか妹とか、そんなこと抜きにしてさ。ただ一緒に暮らそう」
「いいの?」
 水帆は大きく頷いた。

「こんな風に未遂で終わるとは限らない。いつまた、お前が知らない場所で死のうとしてるかもしれないなんて考えただけでゾッとする」
 どんな状況であれ、近くにいれば見守っていける。それだけでいい。
「じゃ、一度家に帰ってくる」
「え? どうして……」
 真帆はベッドに起き上がると、それは綺麗に微笑んで見せた。
「准看の資格取ったの。免状持ってれば手伝えるでしょ」
 これは大きな驚きだった。別れた後、すぐに学校へ行ったのだろうか。
「飛鳥先生が、看護科のある私立高校へ編入させてくれたの」
「そんな資格があるのに、どうして入水自殺なんか……」
 思わず言葉になってしまった。真帆は儚げに微笑むと語り始める。
「水帆に逢いたくて。でも逢っちゃいけない人で。何をしていても、誰と一緒にいても忘れることはできなかった。どうせ逢えないなら、もう生きてる必要はないかなって。生きる意味を失くしちゃった」
 真帆の気持ち。真帆の想い……

 水帆は倫理に囚われるあまり、彼女の想いを忘れていた。そして想っているのは自分だけだと決めつけていたのか。
 真帆に告げる気持ちは封印したままだ。それは大人の分別でもある。ただ彼女に対して焦がれる自分と真帆の人としての想いを結びつけることはしなかった。

 最初、少女だった真帆に出逢った。次は病院。気づけば恋をしていた。そして兄妹だと判ると逃げ出した。あれ以上、近くにいたら真帆への愛情に負けてしまいそうだったから。
 あの華奢な体を抱きたいと思ってしまう。それだけは何があってもできないと言いきかせ、真帆の許を離れた。あの時の真帆の気持ちなど、これっぽっちも考える余裕はなかった。そうして参加した無医村への派遣は有意義だった。土地に拘束されることで自身を戒めた。
 しかし、どんなに離れても忘れることなどできず、否、以上に想い焦がれた。
 初めて出逢った夜の顔も、やせ細って運ばれてきた青白い表情も、そしてベッドに眠る優しい寝顔も、まざまざと脳裡に甦る。繰り返し繰り返し、真帆の声音が自分の名を呼んだ。
 そして水帆はある決断をする。

 もしも再び逢うことがあったなら……
 あり得ないと思いながらも、どこかで考えていた。もし、もう一度逢えたなら共に暮らそうと――。

 ただ時間という妙薬は本当に凄いと思う。あれ程、思い詰めていたにもかかわらず、日一日と過ぎていくうちに落ち着いてくるのが分かる。そして何年も経つこの頃には、「いつか」と思いつつ、それは永遠に訪れることのない再会だと思い始めていた。

「水帆」
 そう言いながらベッドを下りてきた真帆が抱きついてきた。
「分かってる。これ以上は望まない。こうして時々、水帆に触れていられるだけで私は生きていける」
 そう言って顔をあげた真帆の唇に、ほんの一瞬、微かに触れた。

「戸籍の上だけでも結婚するか」
 それは簡単なことではない。分かっている。それでも、これまでの苦しみの先に待っているものが自殺という形をとるくらいなら、一緒になろうと覚悟を決めた。

「水帆……」
 不安気な、見慣れた顔がそこに在る。
「紙の上では赤の他人。誰に責められることもないさ。その代わり、近親相姦はご免だぞ」
「今、キスしたじゃん」
「あれはアイサツだ」

 そう言うと真帆が笑いだした。久しぶりに見る気持ちのいい笑顔だった。
 そして、この翌日、真帆は帰って行った。全ての整理をするために――。

To be continued. 著作:紫 草 
 


HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙
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