『君戀しやと、呟けど。。。』

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『桔梗丸と櫻丸 壱』

2005-09-20 20:27:51 | Weblog
 世は戦国、の少し前。
 貴族文化を微かに残し、それでも男たちは‘戦(いくさ)’のための武装を支度する。
 土地は国と呼ばれ、国境は領地の争いの種となり、「世の中を統一する」という壮大な夢を、多くの武士が持っていた。そんな頃。

 ――ここに一つの国がある。
‘お館’と呼ばれる当主は、早くに北の方を亡くし、その後、後添えをもらうことはなく、たった一人の跡取り息子を育てあげた。勿論、侍女の手で細々な世話を受けたが、彼は「お館様に育ててもらった」と公言して憚らなかった。自由奔放、勝手気侭な風流人。彼の名は、松野雅景。そろそろ縁談の話が舞い込むようになっていた。

「雅景様。どうやら、隣の国から縁談の話があるようですよ」
「ほっとけよ。俺、結婚なんてしない。どいつも、こいつも五月蝿い」
 雅景と、小姓頭の桔梗丸。この二人の時間は、最近、特に増えていた。
 この日も雅景は、当主に桔梗丸を借り、二人きりで遠駆けへとやって来た。山奥の道を、かなり走った処に広場がある。いつもの、この場所で雅景は馬を降り寝転んだ。桔梗丸も傍らに座り込み、そこで当主から頼まれていた話をするのだった。
「そんなことを云っては、お館様がお気の毒です。お断りするのも大変なんですよ」
 桔梗丸は、そう云って、寝そべっている雅景を見下ろした。
(この方の不運は、思っていることではなく、云った言葉だけが一人歩きをしてしまうことだな)
 桔梗丸の瞳に、小さな笑みが浮かんだ。
 刹那、雅景が桔梗の体を押し倒す。
「人に見られます」
「構わぬ。いっそ、西の国の跡取りは役立たず、と噂が立っていいだろう」
 桔梗は、黙って体を預けながら、雅景の心の痛みを感じとっていた――。

 ほんの少し前、最初の縁談を雅景に一言の相談もなく、当主が白紙に戻した。幼馴染みの女を妻には出来ぬ、という当主の決断だった。
 しかし、その言葉は雅景には通じなかった。
 当時、家は城と呼ばれ、奥と云われる、奥向きの女が関わる全てを、妻は統括しなければならなかった。いくら侍女とはいえ、家の格がない者を妻にするということは、身内からの崩壊をも意味した。
 しかし早くに母を亡くした雅景には、それが分からなかったのだ。
 更に運の悪いことに、一番近い存在の桔梗丸の家が、この格を何とも思わぬ家だった。桔梗丸は百藤家嫡男。百藤の当主は桔梗丸の祖父。未だ現役である。そして彼の母親は端目あがりの、しかし美しい女だった。
 それを知る雅景が、幼馴染みを妻にと望むのは当然のことかもしれない。ただ彼は、家臣ではなかった。。。

            To be continued
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2 コメント

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Unknown (那津)
2005-09-21 15:09:26
ようやく話してくれた。

やっぱりそういう人がいたのね。

皆、口が堅いから何も言わなかったけれど。

誰もいないはずがないとわかってた。

その方はその後どうなさったの?
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那津殿へ (櫻丸)
2005-09-21 18:39:31
 お館様の命で、重鎮の許へと嫁ぐことが決まり、当家へ預かりとなりました。彼女には親がいなかったので。

 嫁ぐ日、彼女の居場所を知った殿が当家へやってきました。騒ぐ様子を知った彼女は、嫁入り姿のまま家を抜け出し、そして近くの沼に入水したと聞きました。

 優しく綺麗な人でした。
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