♪カラ~ン
耳に心地好い、鈴の音が店内に響いた。
表には、本日貸切のプレートが出してある。
マスターは、すでに到着していた久方振りに集まった特別なお客様たちに、それぞれ注文されたものを運んでいるところだった。
『いらっしゃいませ。かずさん』
マスターの甘い低音の声音は、かずさんのお気に入りの一つ。いつも、もう一回とおねだりをしていた。
今日もやっぱりお気に入りの場所に座り、もう一回呼んでと強請っている。
「かずさん。いらっしゃい」
そしてマスターの方も心得ていて、同じように語りかけながらそのまま彼女に注文を聞く。
「マスター自慢の、とびっきりの珈琲を淹れて下さい」
そう言って笑ったかずさんを、そこに揃ったお客様全員が見守っていた。
マスターはかずさんのために、心をこめて珈琲を淹れる。何故ならかずさんは、暫く此処の珈琲を飲むことができなくなってしまったからだ。
というのも、かずさんは少し離れたPenguin's Cafeの支店へと長期出張することになってしまったから。
その話を聞いたオーナーが、各支店の皆さまに声をかけた。
大袈裟なことをするわけではない。
此処は、Penguin's Cafe。
『皆さまで集まって、お好きなお茶を飲みませんか』
と。
紅茶専門店からは銀次郎君と美音子さん、そして沙耶花さんがご来店。休業していた後の再開に、賑わいを見せるお店からは凪子さんとペン太君が。他にも、それぞれのお店には互いになかなか足を運ぶことのできない特別なお客様たちが、今日だけはとこの店に集まって下さいました。
「かずさん。新しいお店も大事だけれど、体も大事にして下さいね」
「そうそう。ちょっと調子がいいと、すぐにコソコソと動きだすんだから」
「今回の長期出張は、かずさんの為でもあるんですからね。空気の綺麗なお店で、ゆっくりとオーナーぶりを発揮して下さいね」
「いくら運転が好きだからと言って、安全運転だけは忘れちゃ駄目ですからね。鬱憤晴らし~とかって言うのはなしですよ」
あちらこちらから、かずさんへの言葉が飛び交う中で、当の本人であるかずさんは優雅にカップを傾けていた。
「かずさん。お土産のマカロンです。こちらは店内でお召し上がり下さい」
マスターはそう言って、マカロンの並ぶお皿を皆のテーブルにも配る。そして、かずさんのテーブルにはマカロンの入った茶色い箱も置く。シンプルな箱に入ったマカロンは、かずさんがデザインした専用の箱であり、それにシルクホワイトのリボンをかけたのはオーナーだった。
かずさんの小さく礼を告げる姿は、どこかオーナーに似ている気がすると、マスターはお代わりのポットを手にいつもとは違った労わりの空気溢れる店内を堪能しながら廻っていた――。
楽しい時間は瞬く間に過ぎてゆく。やがて思い切りよく、かずさんが席を立った。
「かずさん。また、遊びにきて下さいね」
口々に、皆がかずさんの背に声をかける。いつも明るいかずさんも、今日だけは少しだけしんみりとしているように映った。
「きっと、また来ます。イケメンマスターは私の活力源だからね」
そう笑って去る人を、皆さんと共に見送った。
「またのお越しを心より、お待ち申し上げております」
マスターのその声に、少しだけ足を止め片手を上げて笑ってみせる。そう、いつものように。それが彼女の粋というものだろうと皆が思った。
(いつか、また。きっと)
心に誓った思いだけは誰の胸の内も同じだと、青い空の下を歩くかずさんを見送りながらマスターは、否、そこに居並ぶ全ての者が思うのだった。
【了】
著作:紫草
-*Penguin`s Cafe №1~14は、HP[孤悲物語り]内にUPしています。
こちらからどうぞ。
耳に心地好い、鈴の音が店内に響いた。
表には、本日貸切のプレートが出してある。
マスターは、すでに到着していた久方振りに集まった特別なお客様たちに、それぞれ注文されたものを運んでいるところだった。
『いらっしゃいませ。かずさん』
マスターの甘い低音の声音は、かずさんのお気に入りの一つ。いつも、もう一回とおねだりをしていた。
今日もやっぱりお気に入りの場所に座り、もう一回呼んでと強請っている。
「かずさん。いらっしゃい」
そしてマスターの方も心得ていて、同じように語りかけながらそのまま彼女に注文を聞く。
「マスター自慢の、とびっきりの珈琲を淹れて下さい」
そう言って笑ったかずさんを、そこに揃ったお客様全員が見守っていた。
マスターはかずさんのために、心をこめて珈琲を淹れる。何故ならかずさんは、暫く此処の珈琲を飲むことができなくなってしまったからだ。
というのも、かずさんは少し離れたPenguin's Cafeの支店へと長期出張することになってしまったから。
その話を聞いたオーナーが、各支店の皆さまに声をかけた。
大袈裟なことをするわけではない。
此処は、Penguin's Cafe。
『皆さまで集まって、お好きなお茶を飲みませんか』
と。
紅茶専門店からは銀次郎君と美音子さん、そして沙耶花さんがご来店。休業していた後の再開に、賑わいを見せるお店からは凪子さんとペン太君が。他にも、それぞれのお店には互いになかなか足を運ぶことのできない特別なお客様たちが、今日だけはとこの店に集まって下さいました。
「かずさん。新しいお店も大事だけれど、体も大事にして下さいね」
「そうそう。ちょっと調子がいいと、すぐにコソコソと動きだすんだから」
「今回の長期出張は、かずさんの為でもあるんですからね。空気の綺麗なお店で、ゆっくりとオーナーぶりを発揮して下さいね」
「いくら運転が好きだからと言って、安全運転だけは忘れちゃ駄目ですからね。鬱憤晴らし~とかって言うのはなしですよ」
あちらこちらから、かずさんへの言葉が飛び交う中で、当の本人であるかずさんは優雅にカップを傾けていた。
「かずさん。お土産のマカロンです。こちらは店内でお召し上がり下さい」
マスターはそう言って、マカロンの並ぶお皿を皆のテーブルにも配る。そして、かずさんのテーブルにはマカロンの入った茶色い箱も置く。シンプルな箱に入ったマカロンは、かずさんがデザインした専用の箱であり、それにシルクホワイトのリボンをかけたのはオーナーだった。
かずさんの小さく礼を告げる姿は、どこかオーナーに似ている気がすると、マスターはお代わりのポットを手にいつもとは違った労わりの空気溢れる店内を堪能しながら廻っていた――。
楽しい時間は瞬く間に過ぎてゆく。やがて思い切りよく、かずさんが席を立った。
「かずさん。また、遊びにきて下さいね」
口々に、皆がかずさんの背に声をかける。いつも明るいかずさんも、今日だけは少しだけしんみりとしているように映った。
「きっと、また来ます。イケメンマスターは私の活力源だからね」
そう笑って去る人を、皆さんと共に見送った。
「またのお越しを心より、お待ち申し上げております」
マスターのその声に、少しだけ足を止め片手を上げて笑ってみせる。そう、いつものように。それが彼女の粋というものだろうと皆が思った。
(いつか、また。きっと)
心に誓った思いだけは誰の胸の内も同じだと、青い空の下を歩くかずさんを見送りながらマスターは、否、そこに居並ぶ全ての者が思うのだった。
【了】
著作:紫草
-*Penguin`s Cafe №1~14は、HP[孤悲物語り]内にUPしています。
こちらからどうぞ。
シリーズは、すでに21話目に突入しているので、読者様それぞれの中に、このマスター像があるようです。
基本は、イケメン!
過去、そして現在に背負う彼の事情を以前のお話で書きました。
意外と若いマスターなので、逆に驚かれるかもしれませんね。
そしてこのマスターに惹かれて集まるお客様は、色々な意味で癒しを求めて訪れるという方々です。
そんなお店も暫くは休業状態に入ってしまうかもしれません。
いつまた次のお客様をお迎えするか。それは私にも分かりません。
ありがとうございました。