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その弐拾陸
定期船とはいっても小さなもので、船長はすでに顔見知りである。
精一を伴って波止場までやってくると、船長が声をかけてきた。船が出るまでの空き時間に水帆は思いがけない話を聞いた。
『昨日、可愛い女の子を届けておいたよ。先生のことを聞いてきたから島の診療所にいると答えたんだが、まさかヘリで出動中とは思わなかったな。あのお嬢さん、折角来たのに待ちぼうけくらっちゃったんだね』
船長の言うお嬢さんとは、もう真帆以外には考えられなかった。
やっと来た。本当に来てくれた。目頭が熱くなってくる。
海が見たいという精一を連れて甲板に移動した。
真帆がいるということは、これからの暮らしにルールを決める必要があるな。水帆は早くも新たな生活に夢を描き始めていた。
「水帆君」
考え事をしていたために、精一の声に反応が遅れた。
「別に呼び捨てでいいですよ」
今更、『君』付けされても変な感じがするしな。
「何ですか」
「あそこに、人が」
精一が海面の更に先にある方角を指す。そのテトラポットの重なる空間に、確かに人の姿が見てとれる。
刹那、水帆はその人に向かって大きな声で叫んでいた――。
To be continued. 著作:紫 草
HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙