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その弐拾切
波の音と風の音。そして汐の香り。
無理矢理、下りてきたテトラポットの上で真帆の足は竦んだ。
前の時は簡単だったのに。
何も考えず目を閉じて足を踏み出せばいい。そうすれば重力は、真帆を海へといざなっていく。
しかし今の真帆には、それができない。あの時の水帆の言葉が蘇る。
『全く何度、同じ目に遭わせれば気が済むんだ』
思えば、目覚めればいつも水帆がいてくれた。それは、どんなに幸せなことだったのだろうか。
その時だった。
波と風の音に混じり、何かが聞こえてきた。
顔を上げると、自分も乗ってきたその船に水帆の姿が在る。
いた。
やっと逢えた。
涙がどっと溢れてきた。
「水帆」
聞こえないかもしれないけれど、改めて真帆も大声で叫ぶ。
「水帆~!」
両手を振る彼の隣に、思いがけない人が立っていることに気付いた。
どうして、あの人がいるの?
でも水帆の様子に異変はない。
まだ何も知らせていないのに、水帆はもう知ったのだろうか。
自分たちの秘密を――。
船を降り、真帆のいた辺りに急ぐ。
精一と現れた水帆を真帆は心底驚いた表情をして見ていた。
何から話していいのか、言葉はすぐには見つからない。
ただ見ていた、真帆の顔を。そして真帆を見ている、水帆の顔を。
「おかえり」
結局、水帆が最初に口にしたのは、そんなありふれた言葉だった――。
To be continued. 著作:紫 草
HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙