相変わらず盛大な誕生日会だなぁ。
そんなことを思いつつ、簡単に入れてしまったことにも真亜は驚いていた。
「昔ならありえなかったけどな。もう危険人物じゃなくなったってことか」
人混みをかき分け、奥にある建物まで行く。
それだけが真亜の関門。
逢えなければ、もうすっぱり諦める。
だいたい彼奴がさっさと結婚してくれたら、こんなまどろっこしいことしなくて済んだのに。
でも、もし彼奴がまだ憶えていて、それが理由で結婚していないとしたら、真亜は美紗緒に逢わなければならない。
そんなことを思いながら人目につかないように歩いていた。
どん!
誰かに抱きつかれたのだと知るまで、数秒かかった。
そして、それが美紗緒だと気付くのにも数秒かかった。
「真亜。何処行ってたん?」
美紗緒…
「おかえり。真亜」
「ただいま」
その声を聞いて美紗緒は漸く顔を上げた。
十年振りに見た美紗緒は、大人の女性になっていた。
淡い萌黄色の振袖が、よく似合っている。
「美紗緒。これ」
そう言って、真亜は細長い箱を差しだした。
何? という顔をしながらも美紗緒は箱を受け取り、開けてみてという真亜の言葉を受けリボンを解く。
「…」
息を呑む美紗緒に、真亜は言った。
「約束だったから。高校に入った年、十年経ったら誕生日にお前の好きな簪を贈ってやるって」
「真亜。憶えててくれたの。なら、どうして今まで連絡くれへんかったの」
「俺、弱いから。お前が結婚する姿、見る自信なかった」
その頃になると周りの人が気付き始め、ざわめきが広がっていった。
「じゃ美紗緒。幸せになれよ」
そう言って帰ろうとすると、声が届く。
「私に、どう幸せになれって言うの」
振り返ると美紗緒の後ろに男が立っていた。
「君が真亜君か」
美紗緒自身も驚いて、後ろの男を振りかえっている。
「行けよ。店は俺が何とかするから」
「結城先輩」
結城と呼ばれた男が、ふと笑顔を見せると再び口を開く。
「結局、最後まで先輩だったな。美紗緒、幸せになれ」
奥の建物から美紗緒の両親と祖母が出てくるのが見えた。
「早く行け。捕まると煩いから」
「あの、本当にいいんですか」
「僕はね、知っていたんだ。君が何処で何をしているのか。でも美紗緒には知らせなかった。それでも彼女は黙って待ってたよ。賞を取った作品は本当に見事だった。今度、是非、僕にも焼いてくれ」
「はい」
真亜は、結城に向かいそう答えた。
「花嫁道具は何も要らない。豪華な誂えはできないけど、その簪だけ持っておいで」
美紗緒に対しそれだけ言うと、返事をもらう前に手を取って走り出した。
みんなの叫び声が少しずつ遠ざかる。
「真亜。焼くって何のこと」
「俺、陶芸やってるんだ」
「京焼き?」
ああ、と答え市バスに乗りこむ。
「やっと独り占めできた気分」
そう言った真亜に、
「もうずっと独り占めしてたのにな」
と美紗緒が笑った。
【了】
著作:紫草
そんなことを思いつつ、簡単に入れてしまったことにも真亜は驚いていた。
「昔ならありえなかったけどな。もう危険人物じゃなくなったってことか」
人混みをかき分け、奥にある建物まで行く。
それだけが真亜の関門。
逢えなければ、もうすっぱり諦める。
だいたい彼奴がさっさと結婚してくれたら、こんなまどろっこしいことしなくて済んだのに。
でも、もし彼奴がまだ憶えていて、それが理由で結婚していないとしたら、真亜は美紗緒に逢わなければならない。
そんなことを思いながら人目につかないように歩いていた。
どん!
誰かに抱きつかれたのだと知るまで、数秒かかった。
そして、それが美紗緒だと気付くのにも数秒かかった。
「真亜。何処行ってたん?」
美紗緒…
「おかえり。真亜」
「ただいま」
その声を聞いて美紗緒は漸く顔を上げた。
十年振りに見た美紗緒は、大人の女性になっていた。
淡い萌黄色の振袖が、よく似合っている。
「美紗緒。これ」
そう言って、真亜は細長い箱を差しだした。
何? という顔をしながらも美紗緒は箱を受け取り、開けてみてという真亜の言葉を受けリボンを解く。
「…」
息を呑む美紗緒に、真亜は言った。
「約束だったから。高校に入った年、十年経ったら誕生日にお前の好きな簪を贈ってやるって」
「真亜。憶えててくれたの。なら、どうして今まで連絡くれへんかったの」
「俺、弱いから。お前が結婚する姿、見る自信なかった」
その頃になると周りの人が気付き始め、ざわめきが広がっていった。
「じゃ美紗緒。幸せになれよ」
そう言って帰ろうとすると、声が届く。
「私に、どう幸せになれって言うの」
振り返ると美紗緒の後ろに男が立っていた。
「君が真亜君か」
美紗緒自身も驚いて、後ろの男を振りかえっている。
「行けよ。店は俺が何とかするから」
「結城先輩」
結城と呼ばれた男が、ふと笑顔を見せると再び口を開く。
「結局、最後まで先輩だったな。美紗緒、幸せになれ」
奥の建物から美紗緒の両親と祖母が出てくるのが見えた。
「早く行け。捕まると煩いから」
「あの、本当にいいんですか」
「僕はね、知っていたんだ。君が何処で何をしているのか。でも美紗緒には知らせなかった。それでも彼女は黙って待ってたよ。賞を取った作品は本当に見事だった。今度、是非、僕にも焼いてくれ」
「はい」
真亜は、結城に向かいそう答えた。
「花嫁道具は何も要らない。豪華な誂えはできないけど、その簪だけ持っておいで」
美紗緒に対しそれだけ言うと、返事をもらう前に手を取って走り出した。
みんなの叫び声が少しずつ遠ざかる。
「真亜。焼くって何のこと」
「俺、陶芸やってるんだ」
「京焼き?」
ああ、と答え市バスに乗りこむ。
「やっと独り占めできた気分」
そう言った真亜に、
「もうずっと独り占めしてたのにな」
と美紗緒が笑った。
【了】
著作:紫草