うなじに息がかかる。後ろから抱き締められて、ベッドに沈む――。
自分が信じられない。
高校教師になったのに、勤め先の制服着る男子生徒とホテルに居る。
私は何故、則之を大学生だと思ったんだろう…。
去年の夏、私は彼と出逢った。お酒の出る、夜のお店。
そうだ。
自分自身が面接の時、大学生であることを確認させられた。
だからだ。
『何年生?』
というバイト仲間の問いに、
『一年です』
と答えた彼の言葉を、大学の一年だと思い込んだ。
あえて言及を避けていた気もする。
冬につきあい始めた時も、大学の話は禁句だった。
当然かぁ。通っていない学校のこと、話すわけにいかないよね。
嘘を並べられなかっただけでも、良しとするべき!?
「今、何時]
寝ぼけたままの、目覚めていない怪しい発音で聞いてくる。
「六時」
ろくじ…
彼は口のなかだけで、反芻している。
ちゃんと分かってるのかな。
「帰る!?」
私は彼の腕枕の上でごろりと寝返り、向かい合う。
「う~ん、沙織は?」
「帰らないと服が同じになっちゃう」
了解、と言ったかと思うと彼はシャワーを浴びに行った。
「ちゃんと一人で帰るのに…」
でも、前もそうだったね。
私の予定に合わせてくれる、いつでも、どんな場合でも。
「則之」
私は、バスルームに声を掛ける。
「何」
「これから、どうしよう」
中から聞こえる、水の音。それを聞きながら、今しか聞けないことを聞く。
「これからって!?」
則之には分からないか。私は教師なんだよ。そして君は、高校二年。卒業には、まだ半分の月日が残っている。
タオルで頭が拭きながら、彼が出てきた。
「わざわざ宣言する必要ないし、内緒でいいんじゃないの」
内緒…
「秘め事って感じ、するじゃん」
「別れる、とかは!?」
「有り得ない」
思わず目頭が熱くなる。気付かれたくなくて、慌ててバスルームに飛び込んだ。
則之、則之、則之…
私も別れるなんて、考えたくない。
でも、それなら仕事は辞めないとならない。
私は強くない。きっと、いつか押し潰される。その重圧に耐え切れなくて。
シャワーを浴びて出てくると、早くも則之は仕度を終えていた。
制服のズボンだけは穿いているけれど、上半身はTシャツだけだった。
「一人で帰れる。則之も帰って」
素っ気無く返す言葉。突き放すように、離れてゆくように。そして私を嫌いになるように。
「沙織。俺、絶対別れないから」
「それを若気の至りって言うのよ」
服を着て仕度を調える。そして…
「十分経ったら出て。誰かに見られたくないの」
そう言って、扉を閉める。
扉を背に、暫し動くことができずに佇んだ。
再び涙が溢れてくる。
やっぱり駄目だ。
則之の姿を見ながら、教師なんて続けられない。
離れてしまうのは、きっと私の方だという畏怖など、涙と一緒に流れてしまえばいい――。
「沙織。逢いたいと思ったら俺を呼んで。何処に居ても、すぐに行くから。必ず行くから。だから俺を捨てないで…」
ラブホテルの扉って結構薄い。
則之の、そんな呟きが背にした扉の向こう側から、微かに聞こえてきた。
【了】
著作:紫草
自分が信じられない。
高校教師になったのに、勤め先の制服着る男子生徒とホテルに居る。
私は何故、則之を大学生だと思ったんだろう…。
去年の夏、私は彼と出逢った。お酒の出る、夜のお店。
そうだ。
自分自身が面接の時、大学生であることを確認させられた。
だからだ。
『何年生?』
というバイト仲間の問いに、
『一年です』
と答えた彼の言葉を、大学の一年だと思い込んだ。
あえて言及を避けていた気もする。
冬につきあい始めた時も、大学の話は禁句だった。
当然かぁ。通っていない学校のこと、話すわけにいかないよね。
嘘を並べられなかっただけでも、良しとするべき!?
「今、何時]
寝ぼけたままの、目覚めていない怪しい発音で聞いてくる。
「六時」
ろくじ…
彼は口のなかだけで、反芻している。
ちゃんと分かってるのかな。
「帰る!?」
私は彼の腕枕の上でごろりと寝返り、向かい合う。
「う~ん、沙織は?」
「帰らないと服が同じになっちゃう」
了解、と言ったかと思うと彼はシャワーを浴びに行った。
「ちゃんと一人で帰るのに…」
でも、前もそうだったね。
私の予定に合わせてくれる、いつでも、どんな場合でも。
「則之」
私は、バスルームに声を掛ける。
「何」
「これから、どうしよう」
中から聞こえる、水の音。それを聞きながら、今しか聞けないことを聞く。
「これからって!?」
則之には分からないか。私は教師なんだよ。そして君は、高校二年。卒業には、まだ半分の月日が残っている。
タオルで頭が拭きながら、彼が出てきた。
「わざわざ宣言する必要ないし、内緒でいいんじゃないの」
内緒…
「秘め事って感じ、するじゃん」
「別れる、とかは!?」
「有り得ない」
思わず目頭が熱くなる。気付かれたくなくて、慌ててバスルームに飛び込んだ。
則之、則之、則之…
私も別れるなんて、考えたくない。
でも、それなら仕事は辞めないとならない。
私は強くない。きっと、いつか押し潰される。その重圧に耐え切れなくて。
シャワーを浴びて出てくると、早くも則之は仕度を終えていた。
制服のズボンだけは穿いているけれど、上半身はTシャツだけだった。
「一人で帰れる。則之も帰って」
素っ気無く返す言葉。突き放すように、離れてゆくように。そして私を嫌いになるように。
「沙織。俺、絶対別れないから」
「それを若気の至りって言うのよ」
服を着て仕度を調える。そして…
「十分経ったら出て。誰かに見られたくないの」
そう言って、扉を閉める。
扉を背に、暫し動くことができずに佇んだ。
再び涙が溢れてくる。
やっぱり駄目だ。
則之の姿を見ながら、教師なんて続けられない。
離れてしまうのは、きっと私の方だという畏怖など、涙と一緒に流れてしまえばいい――。
「沙織。逢いたいと思ったら俺を呼んで。何処に居ても、すぐに行くから。必ず行くから。だから俺を捨てないで…」
ラブホテルの扉って結構薄い。
則之の、そんな呟きが背にした扉の向こう側から、微かに聞こえてきた。
【了】
著作:紫草