『君戀しやと、呟けど。。。』

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『溺れゆく』その弐拾

2018-03-20 11:19:51 | 小説『溺れゆく』
カテゴリー;Novel


その弐拾

 そこは葛城という表札が揚げられた大きな屋敷だった。

 インターフォンから、どうぞという声が聞こえると門がゆっくりと開いていった。
 田舎の名士という感じだ。
 通された部屋には豪華な応接セットがあり、そこに座って待つよう家事手伝いと見える女性に言われる。持参した菓子折を誰に渡すべきか悩んでしまう。その女性に言付けを頼むと了承の返事と共に持ち去ってくれた。
 こういうことも慣れているということなのだろう。

 暫くして別の女の人がお茶を運んできた。そしてお茶を並べていると、一人の若い男が入ってきた。
 物腰の柔らかい優しそうな印象を受けた。立ち上がった精一に対し、改めて椅子を勧めると自らも向かいに腰を下ろす。そして持った印象そのままの雰囲気のある声音で自己紹介をした。
「葛城大地です」
 精一も慌てて名刺を取り出した。
 仕事で来たわけではないのに…… とどこか自分の行為に躊躇してしまう。
 目の前の葛城大地と名乗った彼は、精一の名刺をテーブルに置くと用件は何かと切り出した。

 そうだ。
 本当の目的はこれからだ。
「人を捜しています」
 彼は、ほうとソファに身を深く沈めた。
「正確な年は分かりません。七年、いや八年前になるでしょうか。私はこの近くの温泉地で冬だけのアルバイトをしていました。そこで一人の女性と知り合った」
 居心地の悪い空間だ。
 葛城の整い過ぎた顔は微笑を浮かべているのに、感情は消えているように冷たかった。
「しかし彼女は突然、消えました。そして今日まで会うことはなかった」
 精一は事実だけを語る。
 この人に余分なことを話すのは得策ではないと思えた――。

 捜して捜して捜し尽くして、漸く彼女の存在を知っているという仲居を見つけたのだ。すでに仕事を辞めていたからこそ、口にできることだと言っていた。その仲居は彼女の名こそ教えてくれなかったが、この葛城の娘に違いないと言ったのだ。
 地元でも有名な資産家で、下手なことを言ったら仕事ができなくなるとも。
 でも、この感じでは娘ではないだろう。たぶん、兄という立場ではないかと推測できる。
「答えを戴けませんか」
 精一は焦れた。そして初めて答えを聞く。
「そんな女性はいません」

To be continued. 著作:紫 草 
 


HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙
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