カテゴリー;Novel
その弐拾壱
「嘘だ」
精一は我を忘れた。
テーブルを両手で叩き、怒鳴る。
「ここの娘だということは判っている。彼女に会わせてくれ!」
そこで我に返る。小さな声で申し訳ないと言葉を濁す。
「私ですら会えないものを、何故君が会えるというのだ。妹を殺した張本人のくせに」
ハッとして見た葛城の表情は穏やかな笑みは消え失せ、鬼のような怒りに満ちていた。
それまでの雰囲気とは打って変わった葛城に、一瞬言葉の意味を見失った。
殺した!?
その時、扉をノックする音がした。
葛城は誰だと声をかける。すると子供の声が小さくだが聞こえてきた。
「僕です。おじい様にお茶を持っていくように言われました」
この答えを聞くと彼は立ち上がり扉を開けてやる。そこにトレーにティポットセットを載せ立つ、一人の少年の姿があった。
「ありがとう。私が受け取るから、お前はもう向こうに行きなさい」
「はい」
「あ。お客様に、ご挨拶を」
すでに背を向けていた少年は、改めてこちらを向くと一歩前に出る。
「どうぞ、ごゆっくりしていって下さい。失礼します」
精一は軽く頭を下げる。
まだ小学生になったばかりという頃だろうか。目鼻立ちの綺麗な男の子だった。
「ありがとう」
と言うと、にこりと笑って今度こそ扉の向こうに消えた。
葛城はティカップに紅茶を注ぐ。辺りに馨しい香りが漂った――。
「失礼した」
幾分、落ちついたかに見える葛城は紅茶のカップを手に取った。
「今、言ったことは本当だ。妹は亡くなった」
精一の額に嫌な汗が浮かぶ。
「死んだ?」
「あゝ。君と出会った、その年の秋、赤ん坊を遺して逝った」
「子供がいたんですか、やっぱり」
自分の子。もしかしたら、という予感は当たっていた。しかし彼女が死んでいたなんて……
精一の頭に先ほどの少年の顔が浮かんだ。
「子供って、まさか」
「父が寄越した、ということは一目でも会わせてやろうと思ったのだろう」
そこで葛城は眉間に皺を寄せる。どうやら彼は会わせたくなかったらしい。
「そうだ。さっきの子が妹の産んだ君の子だ」
はっきり聞いてしまうと、頭をハンマーで殴られたような気がした――。
その後、どうやって帰り着いたのか。精一に記憶はない。
ただ一目のたった一度の邂逅が脳裏を過る。繰り返される場面。可愛い声音と後ろ姿。
後悔と、引き取りたいという欲求が涌き上がる。できる筈がない。葛城という家を相手では勝ち目はなかった。
暫くして再びあの子に会いたいと、かの地を訪れた。
そこにあの子の、息子の姿はなかった。誰に聞いても、二度と葛城の話をもたらしてくれる者などいなかった――。
To be continued. 著作:紫 草
HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙