『君戀しやと、呟けど。。。』

此処は虚構の世界です。
全作品の著作権は管理人である紫草/翆童に属します。
無断引用、無断転載は一切禁止致します。

『溺れゆく』その弐拾壱

2018-03-21 11:33:48 | 小説『溺れゆく』
カテゴリー;Novel


その弐拾壱

「嘘だ」
 精一は我を忘れた。
 テーブルを両手で叩き、怒鳴る。
「ここの娘だということは判っている。彼女に会わせてくれ!」
 そこで我に返る。小さな声で申し訳ないと言葉を濁す。

「私ですら会えないものを、何故君が会えるというのだ。妹を殺した張本人のくせに」
 ハッとして見た葛城の表情は穏やかな笑みは消え失せ、鬼のような怒りに満ちていた。
 それまでの雰囲気とは打って変わった葛城に、一瞬言葉の意味を見失った。

 殺した!?

 その時、扉をノックする音がした。
 葛城は誰だと声をかける。すると子供の声が小さくだが聞こえてきた。
「僕です。おじい様にお茶を持っていくように言われました」
 この答えを聞くと彼は立ち上がり扉を開けてやる。そこにトレーにティポットセットを載せ立つ、一人の少年の姿があった。
「ありがとう。私が受け取るから、お前はもう向こうに行きなさい」
「はい」
「あ。お客様に、ご挨拶を」
 すでに背を向けていた少年は、改めてこちらを向くと一歩前に出る。
「どうぞ、ごゆっくりしていって下さい。失礼します」
 精一は軽く頭を下げる。
 まだ小学生になったばかりという頃だろうか。目鼻立ちの綺麗な男の子だった。
「ありがとう」
 と言うと、にこりと笑って今度こそ扉の向こうに消えた。

 葛城はティカップに紅茶を注ぐ。辺りに馨しい香りが漂った――。

「失礼した」
 幾分、落ちついたかに見える葛城は紅茶のカップを手に取った。
「今、言ったことは本当だ。妹は亡くなった」
 精一の額に嫌な汗が浮かぶ。
「死んだ?」
「あゝ。君と出会った、その年の秋、赤ん坊を遺して逝った」
「子供がいたんですか、やっぱり」
 自分の子。もしかしたら、という予感は当たっていた。しかし彼女が死んでいたなんて……

 精一の頭に先ほどの少年の顔が浮かんだ。
「子供って、まさか」
「父が寄越した、ということは一目でも会わせてやろうと思ったのだろう」
 そこで葛城は眉間に皺を寄せる。どうやら彼は会わせたくなかったらしい。
「そうだ。さっきの子が妹の産んだ君の子だ」
 はっきり聞いてしまうと、頭をハンマーで殴られたような気がした――。

 その後、どうやって帰り着いたのか。精一に記憶はない。
 ただ一目のたった一度の邂逅が脳裏を過る。繰り返される場面。可愛い声音と後ろ姿。
 後悔と、引き取りたいという欲求が涌き上がる。できる筈がない。葛城という家を相手では勝ち目はなかった。

 暫くして再びあの子に会いたいと、かの地を訪れた。
 そこにあの子の、息子の姿はなかった。誰に聞いても、二度と葛城の話をもたらしてくれる者などいなかった――。

To be continued. 著作:紫 草 
 


HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙
コメント    この記事についてブログを書く
« 『溺れゆく』その弐拾 | トップ | 『溺れゆく』その弐拾弐 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

小説『溺れゆく』」カテゴリの最新記事