『君戀しやと、呟けど。。。』

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『溺れゆく』その拾竜

2018-03-19 01:05:08 | 小説『溺れゆく』
カテゴリー;Novel


その拾竜

 滝川精一は就職し、日常という時間が五年も経てば、若い頃のことは思い出となっていく。
 スキー場で会った彼女。しかし彼女だけは、いつまでも強烈な印象を残したままだった――。

 そんな精一に見合い話が舞い込んだ。
 会社の上司からの話だった。顔を潰すわけにはいかないため、会うだけという約束で承知した。
 ただ、その話自体が相手の女性から持ち込まれたものであり、断ることができない立場にあると知ったのは、見合い前日のことだった。
(結婚なんてするつもりないのに)
 そんな精一の本音を聞く者は誰一人としていなかった。
 当然だ。彼女は取引先の社長令嬢だった。見初められたのだ。その後は逆玉の見本のような展開になっていった。
 ただ精一自身の父親もかなりの実業家として名を馳せていたのに、今回は言いなりのような話になっても異を唱えることはなかった。

 最初は努力をしようと思った。
 女っ気ゼロの自分には過ぎた話だ。妻となる女性を理解しようとしたし、愛そうとも思った。
 そして、ある日、告げられた。
『子どもができた』
 と。

 浅はかな話だ。
 結婚をしたのだ。子どもができても不思議ではない。ところが精一はそのことに全く思いが及ばなかった。
 そして次の瞬間、精一の魂はある一つのことに囚われてしまった。
 あの時、彼女は妊娠したんじゃないだろうか――。

 愛情というのは不思議なものだ。
 一瞬前まで確かに在ると信じていた気持ちは、彼女の存在が脳裏をかすめた刹那、跡形もなく消え去った。
 心はすでに家庭と呼ばれる場所にはなく、彼女を捜そうと考えている。

 子どもが生まれてくる、ということは恰好の理由となった。
 妻を実家に帰し、精一自身は彼女を捜した。一枚の写真もなく、名前も知らない女。それでも、どうしても見つけたかった。
 そして彼の執念は、精一を彼女の血族へと導いたのだった――。

To be continued. 著作:紫 草 
 


HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙
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