第一章 その参
「俺はさ。月斗(つきと)が一番可愛い」
大学生に向かって少し変かもだけど、と照れながら京音(けいと)は話してくれる。
「清夜(せいや)と兄弟だということは分かってるけれど、やっぱり違うんだよ」
京音の話は分かり易いようで分かり難い。でも、分かり難いようで分かり易い。結局、自分の語学力のレベルの問題だと思う。
一緒に暮らした年月は、いつしか月斗にも同じような感覚を抱かせるようになっていた。
血のつながりがある弟を長らく気にかけてきた。離れていても自分が守ってやるのだと気負っていた頃もあった。どこかで繋がっているのだと信じたかったし、血は水よりも濃いという諺は清夜と離れて暮らす月斗の拠り所となっていた。
しかし清夜はきっとそうじゃない。
「言葉が薄っぺらなんだ」
京音との会話と、清夜との会話では重みが違う。話の内容じゃない。言葉ひとつひとつが丁寧に聞こえてこない。
「心がこもってないからだろ」
京音は呆気無く答えを出した。
心をこめる。母が言う。心からの気持ちが感謝を伝えること。
小さな頃、あゝ言え、こう言えと言われたわけじゃない。母の方が先に言うんだ。有り難うやご免なさいは心がこもっていなければ相手に届かない。気づけば咄嗟に口を衝く。まず謝る、まず礼を述べる。そして気持ちをこめる、感謝をすること。
改めて考えると、意識することなく身についたものだ。それは育てられ方ということなのだろう。
あの頃は、まだ実の母親の記憶も少し残っていて当然違いがある。そんな時、母はすぐに気づいて、ママはどんなふうに教えてくれたのかと聞いてくれた。あまり憶えていないけれど今思うと、ママの言ってたこと駄目じゃんということもある。でも、否定されたことは一度もなかった――。
「正月に何かあった?」
そう聞かれた。
普段、詮索をすることのない彼が、初めて立ち入るぞという表情をしてこちらを見る。
「お父さんがお年玉をあげたんだ。ヨリと清夜はその場で中味を確認すると、ヨリの方が二千円多かった」
ま、当然だろうなという。確かに高校生のヨリと中学生の清夜で金額の差があってもおかしくはない。
あの時の清夜の顔が浮かんで消えた。誰だって小遣いは多い方がいい。しかし、お年玉に不満の表情を浮かべるなんて情けない。
「弟なのに、卑しいと思ったんだ」
その後、二人になった時、月斗にもお年玉をくれと言ってきた。何か欲しいものでもあるのか、と尋ねた。すると、いっぱいあると言う。ひとつずつあげてみろと言うと、スマホ、パソコン、ゲーム機。まあ、普通に言われるものばかりだな。
「携帯、持ってるだろ」
「うん。でもスマホがいいんだってさ」
何といえばいいのだろう。もどかしさだろうか。上手く説明できない。
「それで渡したのか、お年玉」
「いや。高校に合格したらゲーム機を買ってやることにして、今回は我慢させた」
こちらの二人はすでに大学生。アルバイトもしているから、小遣いをやるのは吝かではない。ただ闇雲に金を渡したくなかった。
母の教えのお蔭だと思う。
働くことの大切さも、給料をもらう大変さも、そして貯める金額の大事さも全部細かく教えてくれたから。それを実践している京音を見ることで身に沁みて納得していった。
気づけば自分はこの兄が、従兄弟ではなくしっかりと兄だと思う。そして悲しいことに弟とは名ばかりで、清夜のことを兄弟だとは自慢できそうにない。
そんなことを思っていると、母が深刻そうな顔をして帰ってきた。
「どしたの」
京音が、お帰りの後に続けて聞く。
「オジサン、癌だって」
暫時、空気が固まった。
「誰が?」
「将人叔父さん」
思わず目を瞠った。清夜は再び父と呼ぶ人を喪うのか――。
「俺はさ。月斗(つきと)が一番可愛い」
大学生に向かって少し変かもだけど、と照れながら京音(けいと)は話してくれる。
「清夜(せいや)と兄弟だということは分かってるけれど、やっぱり違うんだよ」
京音の話は分かり易いようで分かり難い。でも、分かり難いようで分かり易い。結局、自分の語学力のレベルの問題だと思う。
一緒に暮らした年月は、いつしか月斗にも同じような感覚を抱かせるようになっていた。
血のつながりがある弟を長らく気にかけてきた。離れていても自分が守ってやるのだと気負っていた頃もあった。どこかで繋がっているのだと信じたかったし、血は水よりも濃いという諺は清夜と離れて暮らす月斗の拠り所となっていた。
しかし清夜はきっとそうじゃない。
「言葉が薄っぺらなんだ」
京音との会話と、清夜との会話では重みが違う。話の内容じゃない。言葉ひとつひとつが丁寧に聞こえてこない。
「心がこもってないからだろ」
京音は呆気無く答えを出した。
心をこめる。母が言う。心からの気持ちが感謝を伝えること。
小さな頃、あゝ言え、こう言えと言われたわけじゃない。母の方が先に言うんだ。有り難うやご免なさいは心がこもっていなければ相手に届かない。気づけば咄嗟に口を衝く。まず謝る、まず礼を述べる。そして気持ちをこめる、感謝をすること。
改めて考えると、意識することなく身についたものだ。それは育てられ方ということなのだろう。
あの頃は、まだ実の母親の記憶も少し残っていて当然違いがある。そんな時、母はすぐに気づいて、ママはどんなふうに教えてくれたのかと聞いてくれた。あまり憶えていないけれど今思うと、ママの言ってたこと駄目じゃんということもある。でも、否定されたことは一度もなかった――。
「正月に何かあった?」
そう聞かれた。
普段、詮索をすることのない彼が、初めて立ち入るぞという表情をしてこちらを見る。
「お父さんがお年玉をあげたんだ。ヨリと清夜はその場で中味を確認すると、ヨリの方が二千円多かった」
ま、当然だろうなという。確かに高校生のヨリと中学生の清夜で金額の差があってもおかしくはない。
あの時の清夜の顔が浮かんで消えた。誰だって小遣いは多い方がいい。しかし、お年玉に不満の表情を浮かべるなんて情けない。
「弟なのに、卑しいと思ったんだ」
その後、二人になった時、月斗にもお年玉をくれと言ってきた。何か欲しいものでもあるのか、と尋ねた。すると、いっぱいあると言う。ひとつずつあげてみろと言うと、スマホ、パソコン、ゲーム機。まあ、普通に言われるものばかりだな。
「携帯、持ってるだろ」
「うん。でもスマホがいいんだってさ」
何といえばいいのだろう。もどかしさだろうか。上手く説明できない。
「それで渡したのか、お年玉」
「いや。高校に合格したらゲーム機を買ってやることにして、今回は我慢させた」
こちらの二人はすでに大学生。アルバイトもしているから、小遣いをやるのは吝かではない。ただ闇雲に金を渡したくなかった。
母の教えのお蔭だと思う。
働くことの大切さも、給料をもらう大変さも、そして貯める金額の大事さも全部細かく教えてくれたから。それを実践している京音を見ることで身に沁みて納得していった。
気づけば自分はこの兄が、従兄弟ではなくしっかりと兄だと思う。そして悲しいことに弟とは名ばかりで、清夜のことを兄弟だとは自慢できそうにない。
そんなことを思っていると、母が深刻そうな顔をして帰ってきた。
「どしたの」
京音が、お帰りの後に続けて聞く。
「オジサン、癌だって」
暫時、空気が固まった。
「誰が?」
「将人叔父さん」
思わず目を瞠った。清夜は再び父と呼ぶ人を喪うのか――。
To be continued. 著作:紫 草