『君戀しやと、呟けど。。。』

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『ともしび』第一章 その弐

2018-05-27 00:16:58 | 小説『ともしび』
第一章 その弐

「ケイちゃん。ボクが行ってもいいの?」
「ぼく、一人っ子だから月斗(つきと)君が来てくれるの嬉しいよ」
 望まれるという感情は、月斗に安堵を与えた――。

 京音(けいと)は二つ上だ。
 順にいくと一番上が「京音」。次が叔父のとこの「魁(かい)」、一つ下に自分。月斗の二つ下に魁の弟の「ヨリ」、更に二つ下に弟の「清夜(せいや)」で見事に男ばかりだ。
 この日、京音の言う「帰ろう」が、どれほど大きな支えになっていったか。それに気づくのは、もう少し大きくなってからだ。

 今年四月には大学二年になる。
 浪人した京音とは一学年違いになった。気づけば就職する選択肢はなく、月斗は大学に進学するものだと思っていた。
 京音が公立高校を受験するために塾へ通い出した頃、中一だった自分も一緒に勉強するようになった。自分たち二人は、それまでに充分な土台を作ってもらっていた。母は本屋に売っているドリルや漢字練習帳を買ってきては自分たちにやらせてた。間違うと母自身が教えてくれて、似たような問題をその場で作りながら覚えるまで繰り返し解かされた。
 当時流行っていたゲームをご褒美にされたり、アニメ映画を観に行くことを約束してくれたり、興味を持つようにしていたんだな。
 叔父の家にも学校で使うドリルはあったし、叔母の言葉からは清夜も同じように勉強していると信じていた――。

 信じる。
 人が言う、と書く。
 叔母が話してくれていたことと、母の言うことに差は殆どない。しかし今年の正月、弟と会った時に感じた何か。清夜の裡に見えた自分との違い。
 中三の清夜は今年高校受験の年だ。どこの高校を受験するんだと聞いても返ってきたのは、入れるところ。その言葉に違和感を覚えた。
 月斗は亡くなった両親の保険金があるから、好きなところに行けばいいと母に言われていた。京音とは別の高校にしたものの、大学はまた同じところにした。高校はどちらも公立、大学は私立だ。入れるところ、という言葉を聞いたこともないし言った覚えもない。
 月斗は自分のために通いたい学校を選ぶように、自分の将来のために無駄な三年を過ごさないとうにと言われていた。清夜は何を考えてそんな言葉を使ったのか。違和感は不穏なイメージを植えつけた。

 京音は兄貴らしくない。
 甘やかしてくれて、時々ご飯奢ってくれたりするところは兄らしいといえるけれど、でもちょっと違う。年配者としてだ。大学を決める時、彼は学びたい科を選べと言った。自分がやりたいと思うものでなければ時間と金の無駄になるぞとも。高校を離れたことで、もっと近くで京音の言葉を聞いていたいと思った。だから同じ大学の受験を決めた。偏差値は京音には敵わない。京音は一つ上の大学も受験しているが、自分は精一杯で滑り止めは必須だった。それでも現役で受かったのだから俺より上だよと褒めてくれる。京音のそういう優しさを見習いたいといつも思う。
 京音はいつも人間として対等に接してくれる。母もそうだ。引き取られたという思いなど思い出す暇もないほど楽しく生きてきたんだ。清夜は違うのだろうか。

「ケイちゃん、ちょっといい?」
 同じ部屋に机を並べていても、月斗は母の部屋にいることの方が多いので、こっちの部屋にいることは少ない。別に気を使っているわけではない。冬は母の部屋の炬燵で勉強をするのが好きなだけだ。
「ちょっと待って。このレポート、あと五分くらいで目処がつくから」

 京音がレポートを仕上げるまでにと、紅茶を淹れて戻ってくる。
「お~ ありがと」
 でっかいマグを机に置くと、間髪を容れることなく礼を言う。
 当然だといえばそうだ。母から教えられたことではあっても、それを続けているのは京音で、それを見て育っているから月斗も同じように反応する。
 しかし清夜は違う。あいつは当たり前の挨拶ができない。
 例えば持参した菓子を渡した時。缶ジュースを買ってきて渡した時。勉強するためにとシャーペンをプレゼントした時。あいつは自分からは何も言えない。叔母にありがとうと言え、と言われて漸く口にする礼の言葉に気持ちがある筈もない。
「清夜が安くて入れる高校に行くって。これ、どういう意味かな」
 隣合う机に向かい、マグカップに視線を向けて一気に話した。京音の顔は見られなかった。

 彼は一人っ子だった。きっと自分がやって来たことで哀しい気持ちになったり寂しい思いをしたこともあった筈だ。でも京音から、そんな雰囲気を感じたことは一度もない。自分たちはいつも平等だったし、自身の人生を考えることを教えられた。
 高校を選ぶ時もそうだ。私立と公立の内容の違いはあるものの、入れるところなんて考えたこともない。
「月斗、そろそろちゃんと大人たちを見た方がいい。清夜には可哀想だけれど、氏より育ちっていうだろ」
 そう言った京音の視線は月斗の心臓を射抜いていった――。

To be continued. 著作:紫 草 
 
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