『君戀しやと、呟けど。。。』

此処は虚構の世界です。
全作品の著作権は管理人である紫草/翆童に属します。
無断引用、無断転載は一切禁止致します。

『涙 その弐』

2006-07-19 22:44:25 | 小説『時に落ちる』番外編
―あなたは、自分の目の前で人が消えるのを見たことがありますか?―

 私は以前、一生付き合う心算の友人を目の前で失くした。
 そう。文字通り、失った(うしなった)。

 あの時、私は高校の友達数名と固まって歩いていただけだった。
 彼女、神木花穂は私の隣にいた。
 突然、歩みが止まったと思ったら、見る見る姿が薄れていく。
 まるで、SF映画のCGで消されるように。
 私は彼女の体を掴もうと、手を伸ばした。
 けれど、全然掴めない。

 花穂は苦しそうに、座り込んでいた。
 心臓が悪いなんて聞いたことはなかったけれど、薄れて見える花穂は、胸を掴んでいた。
 他の友達も花穂の異変に気付いた。
 みんなで、彼女の名前を呼んだけれど届いていないようだった。

 暫くして、花穂が顔を上げる。
 私たちは目の前にいるのに、花穂には見えていないようだった。
 目の前にいるのに、お互いに見えていなかった。
 私は掴めない花穂を、それでも捉まえたくて手を差し出した。

 花穂が、それに反応した。
「こっちにおいで」
 私の声が聞こえている。
 花穂が、ゆっくりではあったけれど腕を伸ばしてきた。
 みんなで捉まえようと手を出した。
「さぁ、早く」
 5㌢の距離にいる花穂が、物凄く遠くに感じた。いや実際、遠かった。
 でも彼女の手が触れそうになるまで、近づいた。
「もう少し。早く早く」
 みんなで掛け声のように、早く早くと連呼する。
 その時、急に花穂が手を引っ込めた。
「あっ!駄目だ」
 その刹那、彼女はゆっくりと消えていった。

 何もできなかったという、もどかしさ。
 大切な友人を、失ったという喪失感。
 あれから私は彼女のお宅へ行き、花穂のおばあちゃまに話をした。

 こんな話、信じてもらえる筈がないと、諦めていた。
 でも本当のことを話したかった。
 おばあちゃまは私の話を、そして私の涙を信じてくれた。

「あの子は、神様に気に入られていたから。きっと、あの子にとって幸せな処へ呼んでもらったのかもしれん」
「警察に届けましょう」
 と云う私に、
「詳しい話を聞かれると、千夏ちゃんが困るからね。いいよ」
 と。
 帰宅した私は、両親に花穂のことを話した。
 警察以前に、自分の両親の説得すら出来なかった。
 おばあちゃまの云ったことは正しかった。頭が変になったと思われると、まさか自分の親に云われるとは思わなかった。

 おばあちゃまが仏壇に、名のないお位牌を置いたのは、それからすぐのことだった。私は、花穂の代わりに手伝いにゆく。
 何も出来なかったから、せめて花穂の代わりに手伝うの。
 おばあちゃまの許を訪れるようになって初めて、花穂がどんなに大変な暮らしをしていたのかを知った。

 花穂、ごめんね。
 でも、おじいちゃまとおばあちゃまのことは任せて。
 これが私の罪滅ぼし。
 何処かで生きてるよ、と云うおばあちゃまの言葉を信じて、今日もお位牌に話しかける。
 私たち、もう二十三歳になったんだよね。

                【了】

                      著作:紫草
コメント    この記事についてブログを書く
« お知らせ | トップ | 今日は終業式 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

小説『時に落ちる』番外編」カテゴリの最新記事