―あなたは、自分の目の前で人が消えるのを見たことがありますか?―
私は以前、一生付き合う心算の友人を目の前で失くした。
そう。文字通り、失った(うしなった)。
あの時、私は高校の友達数名と固まって歩いていただけだった。
彼女、神木花穂は私の隣にいた。
突然、歩みが止まったと思ったら、見る見る姿が薄れていく。
まるで、SF映画のCGで消されるように。
私は彼女の体を掴もうと、手を伸ばした。
けれど、全然掴めない。
花穂は苦しそうに、座り込んでいた。
心臓が悪いなんて聞いたことはなかったけれど、薄れて見える花穂は、胸を掴んでいた。
他の友達も花穂の異変に気付いた。
みんなで、彼女の名前を呼んだけれど届いていないようだった。
暫くして、花穂が顔を上げる。
私たちは目の前にいるのに、花穂には見えていないようだった。
目の前にいるのに、お互いに見えていなかった。
私は掴めない花穂を、それでも捉まえたくて手を差し出した。
花穂が、それに反応した。
「こっちにおいで」
私の声が聞こえている。
花穂が、ゆっくりではあったけれど腕を伸ばしてきた。
みんなで捉まえようと手を出した。
「さぁ、早く」
5㌢の距離にいる花穂が、物凄く遠くに感じた。いや実際、遠かった。
でも彼女の手が触れそうになるまで、近づいた。
「もう少し。早く早く」
みんなで掛け声のように、早く早くと連呼する。
その時、急に花穂が手を引っ込めた。
「あっ!駄目だ」
その刹那、彼女はゆっくりと消えていった。
何もできなかったという、もどかしさ。
大切な友人を、失ったという喪失感。
あれから私は彼女のお宅へ行き、花穂のおばあちゃまに話をした。
こんな話、信じてもらえる筈がないと、諦めていた。
でも本当のことを話したかった。
おばあちゃまは私の話を、そして私の涙を信じてくれた。
「あの子は、神様に気に入られていたから。きっと、あの子にとって幸せな処へ呼んでもらったのかもしれん」
「警察に届けましょう」
と云う私に、
「詳しい話を聞かれると、千夏ちゃんが困るからね。いいよ」
と。
帰宅した私は、両親に花穂のことを話した。
警察以前に、自分の両親の説得すら出来なかった。
おばあちゃまの云ったことは正しかった。頭が変になったと思われると、まさか自分の親に云われるとは思わなかった。
おばあちゃまが仏壇に、名のないお位牌を置いたのは、それからすぐのことだった。私は、花穂の代わりに手伝いにゆく。
何も出来なかったから、せめて花穂の代わりに手伝うの。
おばあちゃまの許を訪れるようになって初めて、花穂がどんなに大変な暮らしをしていたのかを知った。
花穂、ごめんね。
でも、おじいちゃまとおばあちゃまのことは任せて。
これが私の罪滅ぼし。
何処かで生きてるよ、と云うおばあちゃまの言葉を信じて、今日もお位牌に話しかける。
私たち、もう二十三歳になったんだよね。
【了】
著作:紫草
私は以前、一生付き合う心算の友人を目の前で失くした。
そう。文字通り、失った(うしなった)。
あの時、私は高校の友達数名と固まって歩いていただけだった。
彼女、神木花穂は私の隣にいた。
突然、歩みが止まったと思ったら、見る見る姿が薄れていく。
まるで、SF映画のCGで消されるように。
私は彼女の体を掴もうと、手を伸ばした。
けれど、全然掴めない。
花穂は苦しそうに、座り込んでいた。
心臓が悪いなんて聞いたことはなかったけれど、薄れて見える花穂は、胸を掴んでいた。
他の友達も花穂の異変に気付いた。
みんなで、彼女の名前を呼んだけれど届いていないようだった。
暫くして、花穂が顔を上げる。
私たちは目の前にいるのに、花穂には見えていないようだった。
目の前にいるのに、お互いに見えていなかった。
私は掴めない花穂を、それでも捉まえたくて手を差し出した。
花穂が、それに反応した。
「こっちにおいで」
私の声が聞こえている。
花穂が、ゆっくりではあったけれど腕を伸ばしてきた。
みんなで捉まえようと手を出した。
「さぁ、早く」
5㌢の距離にいる花穂が、物凄く遠くに感じた。いや実際、遠かった。
でも彼女の手が触れそうになるまで、近づいた。
「もう少し。早く早く」
みんなで掛け声のように、早く早くと連呼する。
その時、急に花穂が手を引っ込めた。
「あっ!駄目だ」
その刹那、彼女はゆっくりと消えていった。
何もできなかったという、もどかしさ。
大切な友人を、失ったという喪失感。
あれから私は彼女のお宅へ行き、花穂のおばあちゃまに話をした。
こんな話、信じてもらえる筈がないと、諦めていた。
でも本当のことを話したかった。
おばあちゃまは私の話を、そして私の涙を信じてくれた。
「あの子は、神様に気に入られていたから。きっと、あの子にとって幸せな処へ呼んでもらったのかもしれん」
「警察に届けましょう」
と云う私に、
「詳しい話を聞かれると、千夏ちゃんが困るからね。いいよ」
と。
帰宅した私は、両親に花穂のことを話した。
警察以前に、自分の両親の説得すら出来なかった。
おばあちゃまの云ったことは正しかった。頭が変になったと思われると、まさか自分の親に云われるとは思わなかった。
おばあちゃまが仏壇に、名のないお位牌を置いたのは、それからすぐのことだった。私は、花穂の代わりに手伝いにゆく。
何も出来なかったから、せめて花穂の代わりに手伝うの。
おばあちゃまの許を訪れるようになって初めて、花穂がどんなに大変な暮らしをしていたのかを知った。
花穂、ごめんね。
でも、おじいちゃまとおばあちゃまのことは任せて。
これが私の罪滅ぼし。
何処かで生きてるよ、と云うおばあちゃまの言葉を信じて、今日もお位牌に話しかける。
私たち、もう二十三歳になったんだよね。
【了】
著作:紫草