『君戀しやと、呟けど。。。』

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『溺れゆく』その拾伍

2018-03-15 00:40:28 | 小説『溺れゆく』
カテゴリー;Novel


その拾伍

 過去。自分の母が幸せを夢見て嫁いだことを、真帆は知っている。
 酔って機嫌がよくなると突然始まる昔話。その中で母は、今を本当に呪っていた――。

 見合いという言葉に違いはなくとも、母は高校生の頃から父を知っていて、密かに慕っていたのだという。そして祖父の仕事仲間を通して持ち込まれた縁談の相手が、誰あろう父であったと分かった時の驚き。
 母は大喜びで話を決めた。最初に不吉な影を落としたのは結納前夜のことだったという。父から、この結婚はやめた方がいいと、そう言われたのだと。どうしてかと尋ねると、自分には忘れられない人がいて、母を愛せないと。
 聞いた瞬間の衝撃は計り知れなかった。でもよく聞くと、その人は旅先で知り合っただけの人で、すでに亡くなっていた。
 母はどうしても結婚したかった。父の両親も、どうしても結婚させたがった。ただ父だけが、のらりくらりとはぐらかした。それまでも、この調子で多くの縁談が壊れていったのだろう。
 しかし今回は父親の仕事を通している。簡単に破談にはならない。まさか自分を慕っていた女の子が見合い相手になるとは思いもよらなかったのだろう。

 結局、周りからの後押しを受け、結婚式に漕ぎ着ける。幸せを夢見て嫁いだ母に罪はないと真帆は思う。
 この辺りの話を過ぎると母の酒は悪いものに変わる。父のことを責める。男を責める。そして、いつまでも消えることのない永遠の恋人を責める。
 真帆は一度でいいから、この話を父から聞いてみたいと思った。しかし無理だろう。何故なら父は真帆がお腹にいるにもかかわらず離婚をしたからだ。その後、あちらから会いにきたことはない。
 記憶だけの問題ではない。誰に聞いても、父が真帆の許を訪れたことはなく真実一度も父に抱かれたことがなかった。

 離婚をしても、その後一定期間内に産まれた子は前夫の子として戸籍が作られる。母はそれを一縷の望みとして復縁を迫ったが父に断られた。唯一、名前だけ瑞穂と姉妹だからと、「帆」の字を使うように言われたらしい。「ほ」という音を同じにしたいのだろうと深く考えることなく母は真帆と名付けた。

 気づけば母子家庭だ。
 詳しい事情を知ったのは高校受験前だった。姉の記憶は小さな時からある。だからこそ、かなり小さな頃から二人は父の娘であると信じていた。
 基本的に父は意地悪な人ではない。姉に連れられて向こうの家へ行った時も、近寄ることこそなかったけれど、帰れと言われたこともない。姉が誕生日だと言えば、姉にではあったがお小遣いをくれた。そして何か好きなものを買えばいいと言ってくれる。

 小学校に上がると離婚は大人の事情と割り切っていた。家は近かった。今思えば、母が近くにいたかったのだろう。姉とは同じ学校だったし、父方の祖父はそこそこ有名な実業家だったので、苗字が違うことも誰も深く考えることはないようだった。
 お金を持っている人たちは色々ある。
 誰の言葉だったろう。でも皆、その言葉で全て解決してしまった。
「税金対策とかあるんだってよ」
 と。
 本来、それが正しいかどうかではない。子供というのは大人の話すそれっぽい話を、さも理解していると思いたい。

 生活に困らないだけのお金は父の会社から振り込まれ、働く必要のない母は男を漁る。寂しいという言葉は子供には言い訳にすらならない。会話はなくなり、次第に真帆は学校にも行かなくなった。中学に進学してもそれは変わらず、そして遂に、母は飛島洸祐を巻き込んだ。

To be continued. 著作:紫 草 
 


HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙
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