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その拾
きょうだいとは、親が同じということだ。自分の親と二人の親がどうして同じだなんて言えるんだ。
何を言っているのか、理解不能だった。
兄、そして妹。瑞穂と真帆は姉妹。
葛城の内側が、氷河に覆われたように凍えた感じになっていくように思えた。
「どういう、ことだ」
水帆の絞り出すような声は、一瞬で何年分も年をとってしまったように響いた。
水帆は真正面から真帆を見据える。彼女は何かを諦めたように、もうどうにもならないのだと俯いたままだ。
言葉だけを単純に並べていけば、自分たちは兄妹で愛し合うことは不可能ということか。
想いを告げたばかりの相手からの告白。冷水を浴びせられるというのはこんな感じなのかもしれない。そうしているうちに真帆が少しずつ話し始めた。
「昼間、梓沙が来て一度はここを飛び出した……」
その言葉は涙と共に紡がれていく。それは初めて、彼女の言葉を長く聞くことを意味した。
一度は飛び出したものの、どうしても気になった真帆は再び部屋に戻り何年か振りに母親に電話をかけた。
番号は変わっていなかった。コール音の後に出たのは、母親と暮らす男だった。
―真帆か。
と男はすぐに聞いてきた。母親なら、こうはいかないと苦笑すると、連れ戻したりしないから今何処にいるのかと聞いてきた。
とにかく、梓沙のことを聞きたくて電話をしたのだ。余計な話はしたくない。
『葛城水帆って人のとこ』
たぶん次に聞かれるだろう言葉を予測し覚悟したのに、男は黙りこんでいて予想に反し何も聞いてはこなかった。
『とびしま先生?』
真帆は久しぶりに男の名を呼んだ。
―あ、ごめん。お前、今その人と暮らしてるの?
どこか言い淀んだ飛鳥の言葉に少しだけ違和感を覚えながらも、説明するのが面倒でうんと答えた。
しかし次の一言が真帆の感情を奪い去る。
―そっか。お兄さんと一緒なら安心だな。
え。お兄さんって?
黙ってしまった真帆に飛鳥が再び口を開く。
―どんないきさつかは聞かない。でも一度、顔を見せにおいで。会いたくなければ、お母さんには内緒にするから。
そんな飛鳥の言葉は現実感がなくて、真帆はなかなか梓沙のことを言い出せずにいた。
『お母さん、どこか行ったの?』
自分の知る母親は酒に溺れ男に溺れ、そして別れた父に溺れていた。
飛鳥は真帆の中学時代の担任教師だ。母が狂言レイプの事件を捏ち上げクビになったのだ。その上で一緒に暮らせと脅した。
飛鳥は優しい男だった。真帆が学校に登校していないと知ると二人を引き取り一緒に暮らし始めた。
転校したことで中学を無事卒業することはできた。
しかし……
―うん、入院してる
『どっか悪いの?』
―アル中
とうとうそこまでいったか、と呆れながらも内心ホッとした。
母親は帰ってこない。そう知ると漸く帰る決心をし、そのまま飛鳥の部屋へと向かう。数十分後には、真帆は飛鳥の前に腰を落ち着けていた。
『先生、さっきの話――』
優先順位は変わっていた。梓沙のことより、まずは水帆のことだ。
『先生は水帆を知ってるの』
その答えは真帆の想像を遥かに超えていた。
答えは簡単だ。
『会ったことはないが、知っている』
この言葉の裏に悲しい真実が潜んでいた。
『お母さんから聞いた。お父さんと別れることになった元凶の男がいるって』
意味不明な母親の言葉に、口を挟むことはできない。
母が離婚をしたのは、真帆がお腹のなかにいた時だ。聞いてはいけないような気がして、どうして別れたのか聞いたことはない。
『君のお父さんは若い頃、ドラマになるような恋をして、相手の女性が子供を産んだ。その子が葛城水帆という名前だということだ』
じゃあ、水帆は父の子ということなの?
『詳しく知りたいなら、お父さんに聞くといい。僕が話すよりは確かだよ』
飛鳥はそう言って、コーヒーカップに手を伸ばした。
そうだ。梓沙のこともある。
きっと直接聞く方がいい。
でも……
「無理だよ。お父さんは私のこと、嫌いみたいだから」
結局飛鳥は真帆の言葉を受け、自分の知っていることなら全部教えてあげると言った――。
To be continued. 著作:紫 草
HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙