♪カラ~ン
耳に心地好い、鈴の音が店内に響いた。
表には、『本日より3日間臨時休業』のプレートが出してある。早朝のPenguin's Cafeの、薄暗い店内である。
この店のマスターを任されている神部雄一郎は手を休め、入口を見るとそこにはオーナーの姿があった。
「雄一郎君。手伝いにきたよ」
そう言って、彼女はカウンター裏の更に奥にある調理場に入ってきた。
「二日間お休みにしてくれたから、一人でも大丈夫ですよ」
神部はオーブンの様子を確認して、改めて生地の仕込みに入る。
無理をすることはない、と言おうとしてやめた。
まだ午前五時。こんな時間にここへ来るということは、それなりの時間に起きる準備をしなければならない。
きっとオーナー自身が届けたいと、思っているに違いないと思ったから。
「じゃあ、突っ立ってないで手伝って下さい。向こうにあるドライフルーツ、持ってきてもらっていいですか」
そう言うと、オーナーは嬉しそうな顔を見せ、奥に置いてあるストック用の棚を見にいった。
明日は、かずさんの任されるお店の新装オープンである。神部はお祝いの代わりにと、お客様に配るお菓子の数々を届けることになっていた。
それに伴い、こちらのお店は臨時休業となる。
当初は、今日の定休日を絡めて一日の休みで何とかしようとしたのだが、折角ならあちらの開店イベントに合わせた方がいいだろうとオーナーが言い出した。
今日の午前中にこっちを出て、夕方までには向こうに着きたいと考えている。明日あさってと開店イベントを手伝って、あさっての深夜に帰宅すればいいだろう。
そうなると、かなりのハードスケジュールとなってしまい、オーナーは自分が付いて行く方が足手纏いになると行くことを断念した。
本当は、誰よりも会いたいだろうに。
神部がそんなことを思っていると、彼女が戻ってきた。
「雄一郎君。朝御飯、食べた?」
その手は多くのドライフルーツを分けてはいるが、言っていることは至って呑気な、いつもらしいオーナーの言葉だった。
「四時入りですからね。まだ、何も口に入れてないですよ」
神部がそう返すと、彼女は分け終わったフルーツを置いて、一旦テーブル席の方に消えた。
暫くするとカウンター裏にある簡易キッチンから、お湯を沸かす音が聞こえてくる。
「雄一郎君。紅茶、入れたよ。クロワッサンとバターロール。どっちがいい?」
一区切りついたところで、二人はカウンターに着いた。
「かずさんによろしくね」
その言葉は、漸く出てきた伝言だった。
でもその視線は、アールグレイを注いだカップに向けられたままだ。
相変わらず分かりにくいな、この人の感情表現は。
「オーナーが寂しがってたって伝えてきますね」
すると彼女はそう言った神部の顔を、まじまじと眺めてそして少しだけ笑った。
おや、珍しい。
神部はそう思いながら、彼女の淹れてくれたアールグレイのカップを傾けた――。
オーナーのお蔭で、予定よりも少し早めの出発となりそうだ。
出来上がったお菓子を、Penguin's Cafeのパッケージの袋に詰めて更に段ボールに詰め、そして車に運ぶ。
気をつけて、と言うオーナーの言葉に見送られ、かずさんの待つ支店へと神部はアクセルを踏み込むのだった――。
【了】
著作:紫草
耳に心地好い、鈴の音が店内に響いた。
表には、『本日より3日間臨時休業』のプレートが出してある。早朝のPenguin's Cafeの、薄暗い店内である。
この店のマスターを任されている神部雄一郎は手を休め、入口を見るとそこにはオーナーの姿があった。
「雄一郎君。手伝いにきたよ」
そう言って、彼女はカウンター裏の更に奥にある調理場に入ってきた。
「二日間お休みにしてくれたから、一人でも大丈夫ですよ」
神部はオーブンの様子を確認して、改めて生地の仕込みに入る。
無理をすることはない、と言おうとしてやめた。
まだ午前五時。こんな時間にここへ来るということは、それなりの時間に起きる準備をしなければならない。
きっとオーナー自身が届けたいと、思っているに違いないと思ったから。
「じゃあ、突っ立ってないで手伝って下さい。向こうにあるドライフルーツ、持ってきてもらっていいですか」
そう言うと、オーナーは嬉しそうな顔を見せ、奥に置いてあるストック用の棚を見にいった。
明日は、かずさんの任されるお店の新装オープンである。神部はお祝いの代わりにと、お客様に配るお菓子の数々を届けることになっていた。
それに伴い、こちらのお店は臨時休業となる。
当初は、今日の定休日を絡めて一日の休みで何とかしようとしたのだが、折角ならあちらの開店イベントに合わせた方がいいだろうとオーナーが言い出した。
今日の午前中にこっちを出て、夕方までには向こうに着きたいと考えている。明日あさってと開店イベントを手伝って、あさっての深夜に帰宅すればいいだろう。
そうなると、かなりのハードスケジュールとなってしまい、オーナーは自分が付いて行く方が足手纏いになると行くことを断念した。
本当は、誰よりも会いたいだろうに。
神部がそんなことを思っていると、彼女が戻ってきた。
「雄一郎君。朝御飯、食べた?」
その手は多くのドライフルーツを分けてはいるが、言っていることは至って呑気な、いつもらしいオーナーの言葉だった。
「四時入りですからね。まだ、何も口に入れてないですよ」
神部がそう返すと、彼女は分け終わったフルーツを置いて、一旦テーブル席の方に消えた。
暫くするとカウンター裏にある簡易キッチンから、お湯を沸かす音が聞こえてくる。
「雄一郎君。紅茶、入れたよ。クロワッサンとバターロール。どっちがいい?」
一区切りついたところで、二人はカウンターに着いた。
「かずさんによろしくね」
その言葉は、漸く出てきた伝言だった。
でもその視線は、アールグレイを注いだカップに向けられたままだ。
相変わらず分かりにくいな、この人の感情表現は。
「オーナーが寂しがってたって伝えてきますね」
すると彼女はそう言った神部の顔を、まじまじと眺めてそして少しだけ笑った。
おや、珍しい。
神部はそう思いながら、彼女の淹れてくれたアールグレイのカップを傾けた――。
オーナーのお蔭で、予定よりも少し早めの出発となりそうだ。
出来上がったお菓子を、Penguin's Cafeのパッケージの袋に詰めて更に段ボールに詰め、そして車に運ぶ。
気をつけて、と言うオーナーの言葉に見送られ、かずさんの待つ支店へと神部はアクセルを踏み込むのだった――。
【了】
著作:紫草