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その拾分
会えない、という言葉は聞いていたが、やはり翌週の休みにはスキー場へ向かった。
客として訪れると、本当にいい旅館だった。
ところが、だ。彼女を知る者は誰一人いなかった。従業員は一人二人という人数ではない。このスキーシーズンには各々の旅館やロッジには客の数に合わせたバイトが増員されている。その一軒一軒にあたっても、そんな女は知らないと言われるだけだった。
本当に雪女にでも会った気分だ。
精一は心に何かを残したまま帰るしかない。それでも、できうる限りの場所を捜して歩いた。結局、見つけられなかったけれど。
一年後の大学四年冬。
友人に頼みこみ精一は再び、スキー場のバイトに参加した。同じ旅館ではなかったので覚えることが多くて大変だった。それでも働くことに以前ほど怯えることはなくなり、自分なりに仕事をこなしていた。バイト先のペンションに温泉はなく、大浴場を借りて入浴する。当然、混浴ではない。一年前を思い出しながら、精一は働いた。
しかし、そこに彼女は現れなかった。本当の名前すら教えてくれなかった彼女に心を残したまま、元の生活に戻るしかなかった――。
To be continued. 著作:紫 草
HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙