第八章 その壱
「いい男、二人と食事なんて嬉しいな」
母が、そんな言葉と共に現れる。
そして注文するものが、一通り食べ終わったものばかりで思わず笑ってしまう。
「月斗(つきと)も食べる?」
「いや。もう食べたから。母ちゃん、全部食べて」
そう言ったら頭をぐりぐりされた。
母ちゃんの手は特別だ。京音(けいと)の言葉が蘇る。
相変わらず美味しそうに食べるよね。頬杖ついて見ていると、口に焼き鳥の串を突っ込まれた。
「は、に!?」
「食べたいのかと思って」
母ちゃん……
やることが……
いいけど……
しゃべれない……
「月斗、とりあえず食べなさい」
京音の言葉に頷きながら、思わず笑った。
ところでさ、と京音が続ける。
「答えられないなら言わなくてもいいけどさ。保険金っていくらだったの?」
母が、言ってもいいかと確認するので、いいよという心算で頷く。
「叔父さんの分が三千万、叔母さんの分が一千万。単純に足し算で四千万にして半分に分けたの。だから二千万ね。月斗の名前で一千万定期にして、残りの一千万から高校や大学とかの費用を出して、残ったら自立した時に渡そうかと思って遣り繰りしてる」
「清夜(せいや)の高校のお金は?」
それは月斗も聞いてみたい。
「授業料って銀行引き落としだから、あちらに記入してもらって提出したよ」
「入学金は振込じゃん」
「あゝ それはおばあちゃんから預かってたお金があったから」
叔父さんが生きていたから、と母ちゃんは言う。やっぱりそうか。
「で、大学の費用になったら足りないって? それだけ保険金あれば私大でも行けそうだけど」
月斗が捨て台詞のように言い放った。
その言葉を悲しそうな顔で受け止めて、母ちゃんはまた頭をぐりぐりする。
「母ちゃん……」
「月斗の分はまだ半分以上残っているわけだから、今回の話は本当に驚いたの。流石にお父さんに行ってもらおうと思ってる。保険金を誰が管理しているのかも知らないしね」
「難しいね」
京音の言葉は、その短さでも充分に意味を持った。
ただこの時の三人は、保険金があると信じて疑わなかった。祖父母が管理しているから、叔母は使えないのだろうと。
しかし、それは間違いだった。お金はもうどこにもなかったんだ――。
二千万ものお金を何に使ったのかは分からない。清夜の高校は都立だったから、そんなにかかっていない筈だ。お金は清夜の為だけに使われていたのではない、ということは確かだろう。
秋の彼岸に勢揃いが決まる。どこまでを勢揃いというかは分からないが。
行きたくない、と口に出したのは清夜だった。
京音が、自分の進学の話だからと説得して、漸く一緒に行くことを納得はしたが表情は決してそうではなかった。そこで、大人の話には加わることはないからと話す彼も、今回ばかりは逃げようがないと覚悟をしている感じを受ける。
「清夜。第一志望校はどこだ」
「東大。あそこなら少しは学費が安い」
京音がすごいと褒めた。東大に受かれば、俺たちよりも上の学校になるから頑張れと。
でも清夜の偏差値は自分たちよりも低い。一番上は京音なのだから、東大は無理だろうな。
あいつなりに国公立を受けることにしたのだろう。ただ東大というのは無謀すぎる。
二人が話すのを聞きながら、夢物語にならなければいいな、と思う月斗だった――。
「いい男、二人と食事なんて嬉しいな」
母が、そんな言葉と共に現れる。
そして注文するものが、一通り食べ終わったものばかりで思わず笑ってしまう。
「月斗(つきと)も食べる?」
「いや。もう食べたから。母ちゃん、全部食べて」
そう言ったら頭をぐりぐりされた。
母ちゃんの手は特別だ。京音(けいと)の言葉が蘇る。
相変わらず美味しそうに食べるよね。頬杖ついて見ていると、口に焼き鳥の串を突っ込まれた。
「は、に!?」
「食べたいのかと思って」
母ちゃん……
やることが……
いいけど……
しゃべれない……
「月斗、とりあえず食べなさい」
京音の言葉に頷きながら、思わず笑った。
ところでさ、と京音が続ける。
「答えられないなら言わなくてもいいけどさ。保険金っていくらだったの?」
母が、言ってもいいかと確認するので、いいよという心算で頷く。
「叔父さんの分が三千万、叔母さんの分が一千万。単純に足し算で四千万にして半分に分けたの。だから二千万ね。月斗の名前で一千万定期にして、残りの一千万から高校や大学とかの費用を出して、残ったら自立した時に渡そうかと思って遣り繰りしてる」
「清夜(せいや)の高校のお金は?」
それは月斗も聞いてみたい。
「授業料って銀行引き落としだから、あちらに記入してもらって提出したよ」
「入学金は振込じゃん」
「あゝ それはおばあちゃんから預かってたお金があったから」
叔父さんが生きていたから、と母ちゃんは言う。やっぱりそうか。
「で、大学の費用になったら足りないって? それだけ保険金あれば私大でも行けそうだけど」
月斗が捨て台詞のように言い放った。
その言葉を悲しそうな顔で受け止めて、母ちゃんはまた頭をぐりぐりする。
「母ちゃん……」
「月斗の分はまだ半分以上残っているわけだから、今回の話は本当に驚いたの。流石にお父さんに行ってもらおうと思ってる。保険金を誰が管理しているのかも知らないしね」
「難しいね」
京音の言葉は、その短さでも充分に意味を持った。
ただこの時の三人は、保険金があると信じて疑わなかった。祖父母が管理しているから、叔母は使えないのだろうと。
しかし、それは間違いだった。お金はもうどこにもなかったんだ――。
二千万ものお金を何に使ったのかは分からない。清夜の高校は都立だったから、そんなにかかっていない筈だ。お金は清夜の為だけに使われていたのではない、ということは確かだろう。
秋の彼岸に勢揃いが決まる。どこまでを勢揃いというかは分からないが。
行きたくない、と口に出したのは清夜だった。
京音が、自分の進学の話だからと説得して、漸く一緒に行くことを納得はしたが表情は決してそうではなかった。そこで、大人の話には加わることはないからと話す彼も、今回ばかりは逃げようがないと覚悟をしている感じを受ける。
「清夜。第一志望校はどこだ」
「東大。あそこなら少しは学費が安い」
京音がすごいと褒めた。東大に受かれば、俺たちよりも上の学校になるから頑張れと。
でも清夜の偏差値は自分たちよりも低い。一番上は京音なのだから、東大は無理だろうな。
あいつなりに国公立を受けることにしたのだろう。ただ東大というのは無謀すぎる。
二人が話すのを聞きながら、夢物語にならなければいいな、と思う月斗だった――。
To be continued. 著作:紫 草