カテゴリー;Novel
その陸
「また君か。いい加減にしてくれないか」
葛城はマンションの前に居座り、彼の姿を捉えると走ってくる瀧川瑞穂を突き放す。
ファミレスに置き去りにした数日後。
どう調べたのか、彼女は葛城のマンションにやって来た。そしてその日から毎日やってくる。
集中ロックなことと、管理人が常駐のお蔭で中に入られることはなかったが、気味が悪いと噂され始めた。
「こんなことを続けると警察に通報しなくちゃならなくなる。家族にも連絡される。嫌だと思うなら、もう止めてくれ」
葛城は何度同じ科白を吐いただろう。
しかし瑞穂の日参は止まず、半年ほど続いた頃だったか。遂にマンションの住人によって通報され、警察官がやってきた。
救命救急のバイトをしていたお蔭で、警官にも知り合いは多い。瑞穂の言い分は殆んどと言っていい程通らなかった。
ただ連行されるとは言っても、留置場に入るわけではなく即日帰された筈だ。誰が身元引受人になったのだろう。
真帆の顔が浮かんで消えた。あれから真帆には会えてない。
真帆を捜そうと思って最初にしたのは、カルテに書かれた住所に行くことだった。そこには母親らしき女と若い男が二人で住んでいるようだった。当然、真帆の姿を見ることはない。
葛城は深い闇の中にいる――。
真帆に逢いたい。ただ、そう願うだけだった。
逢いたい、という言葉は残酷だ。逢いたい、とは逢えていないという現実だ。逢っているなら、逢いたいと言う人間はいない。
逢いたい。
遠くから、その姿を見るだけでもいい。真帆に逢いたい。
いい年をして少女とも呼ぶことのできる真帆に恋をした。
もう二度と逢うことはないかもしれない。そんな思いが、瑞穂の行動を止められない所以かもしれない。
ストーカーという現実を受け入れない瑞穂は確かに狂っていると思う。
しかし真帆を想う葛城もまた、同じなのではないかと考えてしまうのだった。
言葉の魔術。
『真帆に逢いたい』
という呪文は、いつしか呪縛となって葛城を支配し始めた。
仕事はこなす。
引っ切り無しにやってくる患者は仕事に没頭するには有難い存在だった。
一日が二日。二日が三日。一週間、一ヶ月、そして一年。月日はあっさりと時を刻んだ。そして夜勤の病院にかかってきた一本の電話が、再び葛城と真帆を巡り遇わせることとなる。
To be continued. 著作:紫 草
HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙